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貧乏を売る
びんぼうをうる
作品ID56667
著者山之口 貘
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆85 貧」 作品社
1989(平成元)年11月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-09-11 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この間のことである。蛇皮線の大家と云われている人が、東京を引揚げて沖縄へ帰ることになり、その送別会が催されたが、場を変えて二次会になり、新橋のある泡盛屋にぼくはいた。ぼくは二年ばかりこの方、酒を遠慮しているのであるが、それでもまだずっとやめるというほどの気にはなれず、おっかなびっくりで、なめるようにしてそこにいたのである。そこへ、「この方が御面会です。」と云って、店の女の子が、名刺をよこしたのである。ある週刊誌のカメラマンである。障子を開けてのぞいてみると、若い人がカメラを持って立っていたが、すぐに近くに寄って来て云った。
「いま実はお宅へうかがったんですが。」と云うのである。すでに暗くもなっているし、遠いところを、ここまで追っかけて来たのでは、余程急ぎのことであろうと察しはついたのであるが、御用件はときくと、「実は今日〆切りで急いでいるんですけれど、写真をうつさせていただきたいんですが。」と云うのである。カメラマンだから、そうには違いないわけであるが、即答しかねていると、
「実はですね。奥さんと御いっしょのところをほしかったんですが、お留守だったんで先程奥さんだけ別にうつさせていただきました。それで仕方ありませんので別々に。」と云うのである。
「なんに使うんですか。」
「実はうちの雑誌でこういうダイジェストをやっているんですが、先生のこの間の放送の。」
「放送?」
「そうです。」と云うわけなのである。
 この間の放送と云えば、ある民間放送で、女房といっしょに録音放送をしたが、それは午後三時の「生活を見つめて」とかいうのであった。ぼくはすでにこれまでも、「朝の訪問」を二度ばかりと、てい談だの、随想だのその他で、録音放送の経験を持っていたのであるが、女房といっしょの「生活を見つめて」の放送ほど、苦労したことはかつてなかったのである。それはとにかく、ぼくは、カメラマン氏に感心しないではいられなかった。というのは、写真ぎらいの女房を、カメラの前に立たせることが出来たのかとおもったからである。
「よくうつさせましたね。」
「いやだとおっしゃったんですけれど、御無理をお願いして、庭におりていただいて。」カメラマン氏はそう云ってから、「でも雑誌に出すことについては、先生の御承諾をとのお約束で。」と云った。女房としては、一応、亭主の顔を立てたつもりで云ったのであろうが、ぼくにとっては、女房さえカメラにおさまってしまえば、雑誌への掲載を拒む理由はなにもなかったのである。それほど、女房は、カメラの前に立つことを、従来は拒みつづけて来たのであった。時に、訪ねて来る人が、カメラでも持っていると、もうそれだけでも落ちつかずにそわそわしている方で、そんなとき、折角だからうつしてもらったらどうかとすすめると、「私はいいです。」と云うのである。そして、ぼくも、それ以上はカメラの前に立つ…

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