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鉄塔の怪人
てっとうのかいじん |
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作品ID | 56675 |
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著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「鉄塔の怪人/海底の魔術師」 江戸川乱歩推理文庫、講談社 1988(昭和63)年2月8日 |
初出 | 「少年」光文社、1954(昭和29)年1月号~12月号 |
入力者 | sogo |
校正者 | 大久保ゆう |
公開 / 更新 | 2016-11-22 / 2016-09-09 |
長さの目安 | 約 169 ページ(500字/頁で計算) |
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のぞきカラクリ
明智探偵の少年助手、小林芳雄君は、ある夕方、先生のおつかいに出た帰り道、麹町の探偵事務所のちかくの、さびしい町を歩いていました。
麹町には、いまでも焼けあとの、ひろい原っぱがのこっています。かたがわは、草のはえしげった原っぱ、かたがわは、百メートルもつづく長いコンクリートべい。もう、うすぐらくなったその町には、まったく人どおりがありません。気味がわるいほど、しずまりかえっています。
ヒョイと、コンクリートべいのかどをまがると、そこに、みょうなものがありました。車の上に、四角い、大きな箱のようなものがのせてあって、その箱のまえがわに、三センチほどの、小さな丸い穴がよこに五つならんでいるのです。そして、その車のそばに、ひとりの白ひげのじいさんが、立っていました。
頭も白く、口ひげも白く、そのうえ、ながいあごひげが胸までたれ、しわくちゃの顔に、昔はやった、小さな玉のめがねをかけ、そのおくに、ゾウのようなほそい目がひかっています。着ているのは、三十年もまえにつくったような、古いかたの、はでなこうしじまの洋服で、それに、でっかいドタぐつをはいて、腰のうしろで両手をくみ、ニヤニヤ笑いながら立っているのです。
人どおりもない、こんなさびしい町かどで、なにをしているのだろうと、小林君は、おもわず立ちどまって、そのみょうなじいさんの顔をながめました。
「ハハハ……、おいでなすったね。わしは、さっきから、きみのくるのを待っていたんだよ。」
じいさんは、歯のぬけた口を大きくひらいて、顔じゅうを、しわだらけにして笑いました。
「ぼくを、待ってたって? 人ちがいじゃありませんか。ぼくは、おじいさんを見たことがありませんよ。」
小林君が、びっくりして、いいますと、じいさんは、まじめな顔になって、
「いや、人ちがいじゃない。きみに見せたいものがあるんだ。この箱は、なんだか知っているかね……。知るまい。いまから三十年も四十年もまえの子どもたちが、よろこんで見たものだ。のぞきカラクリといってね。まあ、いまの紙しばいみたいなものだが、ほら、そこに、丸い穴があいているだろう。その穴から、のぞくのだ。そうすると、おもしろいけしきが見える。穴にはレンズがはめてあるから、なかのけしきが、まるで、ほんとうのけしきのように、大きく見えるのだよ。さあ、のぞいてごらん。」
小林君は、昔のぞきカラクリというものがあったことを、きいていました。これが、それなのかとおもうと、ちょっと、のぞいてみたいような気もするのです。そこで、おもいきって、五つならんでいる丸い穴のひとつに、目をあててのぞいてみました。
小林君は、あっとおどろきました。じいさんがいったとおり、レンズのはたらきで、箱の中には、まるで、ほんとうのけしきのように、ひろびろとした、山や森がひろがっていたからです。
飛行機…