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海底の魔術師
かいていのまじゅつし |
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作品ID | 56677 |
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著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「鉄塔の怪人/海底の魔術師」 江戸川乱歩推理文庫、講談社 1988(昭和63)年2月8日 |
初出 | 「少年」1955(昭和30)年1月号~12月号 |
入力者 | sogo |
校正者 | 大久保ゆう |
公開 / 更新 | 2016-12-24 / 2016-09-09 |
長さの目安 | 約 157 ページ(500字/頁で計算) |
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沈没船の怪物
日東サルベージ会社の沈没船引きあげのしごとが、房総半島の東がわにある大戸村の沖あいでおこなわれていました。
その海の底に、東洋汽船会社の千五百トンの貨物船「あしびき丸」が沈没しているのです。ひと月ほどまえのあらしの晩に、「あしびき丸」は航路をまちがえて、海の中の大きな岩にぶつかり、船の底がやぶれて、そこへしずんだのです。
この沈没船の引きあげをたのまれたサルベージ会社の作業船は、「あしびき丸」のしずんでいる海面に行って、どんなふうにして引きあげたらよいかをしらべるために、まず、ふたりの潜水夫を海の底へおろしました。
あついゴム製の服をきて、まるい鉄のかぶとをかぶり、おもい鉛のついたくつをはいて、ふたりの潜水夫は、作業船の外がわについた鉄ばしごを、つたいおり、ブクブクとあわをたてて、青い海の中へ、はいっていきました。空気を送るくだと、いのち綱が、グングンのびていきます。
そこは、海の中の岩山のようなところで、大きな岩がもりあがっていて、底はあんがい浅いのです。水面から三十メートルぐらいで、もう海の底へついてしまいます。
三十メートルもおりると、海の中は夕やみのように暗いので、潜水夫はつよい光の水中電灯をさげています。電線は、いのち綱にからませて作業船の上につづいているのです。かれらは、その電灯をふりてらしながら、コンブなどの海草が、人の背よりも高くはえしげって、ヒラヒラと、ゆれている中を、かきわけるようにして進みました。
むこうの方に、どす黒い巨大な怪物のようなものが、ボンヤリ見えています。それが沈没船なのです。ふたりの潜水夫は、鉄かぶとのうしろから、送気管といのち綱を、ゆらゆらとあとに引きながら、その黒い船体へ、近づいていきました。鉄かぶとについている、まるいガラスののぞきまどの、すぐ前を、いろいろなさかなが、すいすいと泳いでいきます。大きなサメなどが、ヌーッとあらわれて、鉄かぶとに、ぶつかってくることもあります。
ふたりは、やがて、沈没船にたどりついて、きずついた場所をしらべはじめました。横だおしになった黒い船体のそばを、ともの方からへさきにむかって、水中電灯をてらしながら、歩いていくのです。沈没船は、海の底の大きな鉄の家のようでした。その長い長い鉄の壁にそって歩いていくのです。
しばらく歩くと、先にたっていた潜水夫が、電灯を上下に動かしてあいずをしました。きずついている場所を見つけたのです。
船の底の鉄板が巨人の舌のようにペロッとめくれて、人間がふたりも通れるほどの大きな穴があいていました。こんな穴から、水が滝のように流れこんでは、どうすることもできなかったでしょう。
ふたりの潜水夫は、そのやぶれ穴の大きさをはかるために、水中電灯を近づけました。すると、穴の中から、チラッとのぞいたものがあります。とっさに、大きなさかな…