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![]() おうごんひょう |
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作品ID | 56678 |
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著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「黄金豹/妖人ゴング」 江戸川乱歩推理文庫、講談社 1988(昭和63)年4月8日 |
初出 | 「少年クラブ」大日本雄辯會講談社、1956(昭和31)年1月号~12月号 |
入力者 | sogo |
校正者 | 茅宮君子 |
公開 / 更新 | 2017-08-10 / 2017-07-23 |
長さの目安 | 約 157 ページ(500字/頁で計算) |
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まぼろしの豹
東京都内に、『まぼろしの豹』があらわれるという、うわさがひろがっていました。
ある月の美しい晩、ひとりの中学生が、お友だちのうちからの帰り道に、大きな西洋館の前にさしかかりました。
さびしい町ですから、まだ九時ごろなのに、まったく人通りがありません。空には、満月にちかい月が、こうこうとかがやいています。ひくいコンクリートの塀をへだてて、西洋館の屋根が、月の光をうけて、まっ白に光っているのが見えます。
その屋根の上を、一ぴきの大きなネコが、のそのそと歩いていました。
「オヤッ、なんて、でっかいネコだろう。」
中学生はびっくりして、立ちどまりました。
そいつは屋根の上を、だんだん、こちらへ歩いてきます。ふつうのネコの十倍もあるほど大きいのです。そしてふしぎなことには、全身が金でできているように、ピカピカ光っているのです。その金色のからだに、黒い斑紋が、いっぱいならんでいます。
「アッ、ネコじゃない。豹だッ!」
中学生は、からだがしびれたようになって、逃げだすこともできなくなってしまいました。
それにしても、なんという美しさでしょう。金色の豹は月の光をうけて、キラキラと、後光がさしているようです。
屋根のはしまで歩いてきたとき、青く光る二つの目が、じっと、こちらを見つめました。
中学生は、あまりの恐ろしさに、もう息もできないほどです。
豹が、東京の町の中の、屋根の上をはっているなんて、夢にも考えられないことです。そのうえこいつは黄色でなく、金色に光っているのです。月の光のせいではありません。たしかに金色なのです。黄金の豹です。お化けの豹です。
そのとき、西洋館の屋根のはしから、スーッと金色の虹がたちました。豹が庭へ飛びおりたのです。
それはコンクリート塀の中なので、しばらくは、ようすがわかりませんでしたが、やがて、すかしもようの門の、鉄の扉のむこうに、キラキラ光るものがあらわれました。
アッと思うまに、その金色の怪物は、門の扉をのりこして、のそのそと、こちらへやってくるではありませんか。
「ワアッ……。」
中学生は、恐ろしい悲鳴をあげて、そこへたおれてしまいました。今にも豹がとびかかってくるだろう。そして、胸の上に前足をかけて、あんぐりと、かみついてくるだろうと、もう、生きたここちもありません。
しかし豹は、たおれている中学生には見むきもせず、その横を通りすぎて、むこうの町かどへ消えてしまいました。
ちょうどそのとき、はんたいの方から、あわただしい靴音がして、ひとりの警官がかけつけてきました。さっきの中学生の叫び声を聞きつけたからです。
「どうしたんだ。しっかりしたまえ。」
警官は中学生をだきおこして、わけをたずねました。
「豹です! 大きな豹が、いま、あっちへ……。」
中学生は、ふるえる手で、むこうの町かどを指…