えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
![]() てんくうのまじん |
|
作品ID | 56687 |
---|---|
著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「おれは二十面相だ/妖星人R」 江戸川乱歩推理文庫、講談社 1988(昭和63)年9月8日 |
初出 | 「少年クラブ 増刊」1956(昭和31)年1月15日 |
入力者 | sogo |
校正者 | 大久保ゆう |
公開 / 更新 | 2018-09-15 / 2018-08-28 |
長さの目安 | 約 49 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
雲の上の怪物
少年探偵団の小林団長と、団員でいちばん力の強い井上一郎君と、すこしおくびょうだけれど、あいきょうものの野呂一平君の三人が、春の休みに、長野県のある温泉へ旅行しました。
その温泉を、仮に矢倉温泉と名づけておきましょう。国鉄から私設鉄道にのりかえて、矢倉駅でおり、すこし山道をのぼると、そこに、温泉村があります。山にかこまれた、けしきのよい温泉です。
その温泉のトキワ館という旅館の主人が、井上君のおじさんなので、小林団長と野呂君をさそって、五日ほど滞在する用意でやってきたのです。
井上君のおとうさんは、もとボクシングの選手だったので、井上君も、ときどきボクシングをおそわることがあります。生まれつきからだが大きくて力が強いうえに、ボクシングの手まで知っているのですから、学校でも、だれも井上君にかなうものはありません。
野呂一平君は、ノロちゃんというあだなでよばれていますが、からだの動かしかたがのろいわけではありません。なかなか、すばしっこいのです。しかし、やせっぽちで力もなく、そのうえ、すこし、おくびょうなのです。
そんなおくびょうものが、どうして少年探偵団にはいったかといいますと、ノロちゃんは、小林団長を、ひじょうに尊敬しているので、どうしてもはいりたいといって、きかなかったからです。小林君も、ノロちゃんがすきですし、おくびょうだけれどもすばしっこいのと、だれにもすかれる、あいきょうものなので、団員に入れることにしたのです。
三人がトキワ館につきますと、井上君のおじさんや、おばさんは「よくきた、よくきた。」といって、ひじょうに、かんげいしてくれました。
トキワ館のそばに、岩をくんだ野天ぶろがあります。三人はまずそこへはいって、およいだり、お湯のかけっこをやったり、大はしゃぎをしたあとで、部屋にもどって、おいしい夕食をたべました。
そのとき、おきゅうじをしてくれたのは、よくしゃべる女中さんで、いろいろ話してくれましたが、そのうちに、みょうなことをいいだしたのです。
「あんたがた、少年探偵団だってね。そんならばちょうどいい。いまこの村に、おっかねえことが、おこってるだよ。おまわりさんでも、どうにもできねえような、おっかねえことがよ。」
女中さんは、いなかの人ですから、ことばがへんですが、いみがわからないほどではありません。
三人の少年はそれを聞くと、にわかに、からだがシャンとしたような気がしました。じつはそういう話を、待ちかまえていたからです。
「おっかないって、いったい、どんなことですか。」
小林団長が、ひざをのりだすようにしてたずねました。
「それがね、わけがわからねえだよ。なんでも、雲の上に、おっかねえばけものがいて、わるさをするっていうのよ。」
いよいよ、おもしろくなってきました。
「わるさって、どんなわるさをするんです…