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青い眼鏡
あおいめがね
作品ID56699
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「富士」1929(昭和4)年4月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-10-02 / 2015-09-01
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「アラ、皆さんお揃い、よかったわねエ」
 素晴らしい年増、孔雀のように悠揚としてクラブの食堂に現われました。今は有名な美容術師で、派手な浮薄な、如何わしい限りの生活をして居りますが、元は外交官の夫人だったという噂のある村岡柳子、商売物の化粧品を、フンダンに使った厚化粧の埃及眉毛、濃い紅を含んだ唇も、なんとなく年齢を超越して仇めきます。
「イヨウ村岡夫人、相変らず大変な元気だね」
「まあ、宇佐美さん、断然久し振りねエ、何んという風の吹き廻しでしょう、近頃は私、貴方の禿げ振りを夢に見て仕様が無いのよ」
「御挨拶だね、もう少し愛嬌のある口上は無いものかね」
 成程これは薄禿げた得体の知れない人物、本人は文士と名乗って居りますが、何処の雑誌へも新聞へも、曾つて名前の出たことの無い宇佐美六郎です。眉も目も鼻も口も、何んとなくのんびりして、頭の光る割には気の若い、何処か間延のした男、村岡柳子のような阿婆摺れには、丁度手頃のからかい相手かも知れません。
「二人が寄るともう口喧嘩だ、始末の悪い人達だね」
 これは会社員島幾太郎、年の頃三十二三、五分もすかさぬ当世風の男前です。
「相性が悪いんだワ、ちょいと柳子さん、今大変な問題があるのよ、貴女の智慧も少し貸して下さらない……」
「ヘエ、私の智慧、――智慧や金で済むことならって言い度いが、生憎今晩は智慧の小出しをみんな家の箪笥へしまい忘れて来ちゃったの、お金の方で我慢してくれない」
「そう、そんな景気なの、それでは何かおごって下さるでしょうね」
 キネマ女優、芳野絢子、鬘下に青い眼鏡、お振袖のような派手な袷の肩を、素晴らしい羽織が兎もすれば滑ります。
「ちょいと、これは如何、今この入口で貰った芝居のちらしよ、この芝居なら私此処に居るありったけの人達におごるわ」
「何んだ、国民劇場の広告じゃないか、入場料一人金五十銭也だろう、そんなものをおごられる方が迷惑だ」
 これは金持の坊ちゃん、中島助丸、
「村岡夫人のおごるのは、お断り申し上げた方がいいぜ、此間野球の勝負へ、一番好きなものを賭ける約束で、僕が勝つと、塩豆を買って来るじゃないか、そんなものは嫌だって言うと、でもこれは私が一番好きですからと言うんだ、呆れ返った婆さんだ――」
 これは若い技師の松井菊三郎、
「何んです婆さんとは、貴夫人に対して失礼じゃありませんか、第一、私は宇佐美さんのように禿げちゃ居ませんよ」
「ワアッハハハ、ハッハッハハ」
 轟然として笑いが爆発します。
 都銀行の地下室、クラブと食堂と酒場と三つに仕切った、その中の食堂へ陣取ったのは、此処の長い常連で、身分は知らないが、互に顔も名も知り尽して居る十二三人の男女です。
「冗談は冗談として、その智慧が入用だという話はどんな筋なの、小出しの智慧は持って居ないが、大口の智慧なら持って居るわ、随分用立てて上げ…

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