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身代りの花嫁
みがわりのはなよめ
作品ID56719
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂探偵小説全集」 作品社
2007(平成19)年4月15日
初出「少女倶楽部」1934(昭和9)年1月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-12-15 / 2015-10-23
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

花嫁の自動車が衝突した

「花嫁の自動車は?」
「まだ来ない、どうしたのだろう、急行の発車まで、五分しかないじゃないか」
「迎えに行って見ましょうか」
 東京駅の待合室に集った人達は次第に募る不安に、入口からまっ暗な外を眺めたり、売店や三等待合室を覗いたりしました。
「歩廊に居るんじゃありませんか」
「もう乗り込んだのかも知れませんね」
 そんな事を言いながら改札口へ行った人達は、急行はたってしまって、狐につままれたように、歩廊から降りて来る別の一隊と顔を合わせたのでした。
「新婚の夫婦は汽車へは乗りませんよ」
「新橋からたったんじゃありませんか」
「そんな筈はない。親許の関谷さんや、媒酌の方もこの駅に見えた位だから」
「それにしてはおかしいぜ」
 こんな評議のまっ最中、乗車口に高級車を乗りつけて、その中から十三、四の可愛らしい少女が疾風のように飛んで来ました。
「あッ、勇美子さん、どうなすったの?」
 花嫁の後見人で親許になって居る関谷文三郎夫人が訊きました。
「詩子姉さんが」
「詩子さんがどうした」
 関谷文三郎は人波を掻きわけて来ました。中年者の勤人らしい堅実な男、巨万の富を遺された富める孤児の詩子を、四、五年この方自分の娘のように世話をして来た人物です。
「お兄様達の乗った自動車に、円タクが衝突したんです」
「えッ」
「怪我はないですか」
 大勢の人が小さい勇美子を取囲んで、質問の雨を浴びせかけました。
「詩子お姉様が」
 勇美子は漸く息をつぎます。
「それは大変ッ」
「大したことはないんです、けれど、運転手は大怪我で、助からないかも知れないんですって」
「すぐ引返そう」
 関谷夫妻と親しい友人達は、すぐ渋谷の春藤家へ車を走らせました。道々、勇美子の説明するのを聴くと、――花婿春藤良一と花嫁の詩子を乗せた自動車が、渋谷の春藤家を出ると間もなく、暗い路地の中から、待ち構えて居たように一台のボロ円タクが飛出して、花嫁の詩子の乗って居る側へ、全速力で叩き付けたのでした。
「詩子お姉様は横っ倒しになって、ガラスのかけらを浴びましたが、お兄様が庇ったので、手と足へほんの少しの傷をうけただけで済みましたワ」
「それから」
「後から来た車で運転手を病院に運び、詩子お姉様はお母様と家へ引返して手当をするんですって、皆さんに宜しくって言いましたワ」
 思い出したように、勇美子はピョコリとお辞儀をしました。新郎の春藤良一の妹で遅生まれの十四、小学校の最上級に居る学校第一の人気者です。

口紅の中に恐しい毒

 自動車の衝突はよくあることですが、暗がりから飛出して、花嫁の自動車へ全速力で叩きつけるのは少し念が入り過ぎて居ります。
 その上、前燈も消したまま、番号礼もあったかなかったか、――多分なかったように思いますが――と言う春藤良一の言葉で、警察も捨てて置けないことにな…

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