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永久凍土地帯
えいきゅうとうどちたい
作品ID56723
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎紀行集 アラスカの氷河」 岩波文庫、岩波書店
2002(平成14)年12月13日
初出黒河への旅「文藝春秋 第二十三巻第二号」1945(昭和20)年2月1日<br>陸の大洋「文藝春秋 第二十三巻第二号」1945(昭和20)年2月1日<br>草原の王者「財界 第十巻第四号」1945(昭和20)年10月1日
入力者門田裕志
校正者najuful
公開 / 更新2022-08-21 / 2022-07-27
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

黒河への旅

 外は零下三十度近い寒さである。
 黒河へ向う私たちの汽車は、孫呉の駅を出て既に数時間走っている。
 車窓に見える限りの雪原は、いつまで行っても平坦で、何の起伏もない。家もなければ立木もなく、薄鼠のただ一色に見える雪の原は、ところどころ朔風に傷つけられて、黒い地肌が出ている。雪にまみれ掻き乱された枯草がその地肌を蔽っていて、夏の荒涼とした広野の景色をしのばせてくれる。
 この地帯はその当時特殊区域に指定されていたので、一般の乗客には展望が許されていなかった。しかし凍土地帯における鉄道施設を調べるのが目的だった私たちには、北満の奥地、この無人の世界における自然の姿を、心ゆくばかり眺めることが出来た。同行のK教授と二人、案内役は当時ハルビン鉄道局の副局長をしていたTである。Tは高等学校時代からの友人で、心おきない間柄である。ロシアから譲り受けた豪華な食堂車の中で、Tの御威光振りに少々圧倒されながらも、私たちは凍土地帯における思いがけない色々な珍しい現象の話をきいて暖かい旅をした。
 北海道あたりでも、冬になると土地が凍って、凍上の被害が到る処に見られる。凍土の深さは一メートル程度に過ぎないが、それでも、この凍上には鉄道は随分悩ませられる。ところが北満のこの土地へくると、凍結深度が四メートルにも達するところがある。そういう所では、春から秋にかけて、弱い陽の光がやっと凍土層を下まで融かしたと思う頃には、もう冬がきて、土地は表面から凍り始める。人間も草木も、土の融けるわずかの期間を盗むようにして、その営みをするのである。
 しかしわずかばかりの期間でも、すっかり土の融け切るこの土地は、まだ太陽の恩寵を蒙っていると言える。あの荒漠としたシベリアの大平原のほとんど全部は、地の底の氷の融け切る時のない地帯なのである。秋の末晩く、土地が一年間の太陽の勢力の全部を吸いとった頃でも、一メートルか二メートル程度の深さまで融けた表土の下は、ずっと底の岩盤まですっかり凍り切っていて、この凍土は永久に融けることがないのである。
 こういう永久凍土地帯では、それこそ農民も原始林の木たちも、生涯氷の上に住んでいるのである。地の底まで凍り切った土地の上にいて、わずかに薄く融ける表土層の土から、シベリアの大原始林が生い立つことも驚異であるが、この土地に小麦を栽培することに成功した、ソヴィエトの科学の力もまた一つの驚異と言えよう。
 シベリアの氷の平原を開発することを一つの使命としたソヴィエトの科学者たちは、勿論永久凍土層の研究にも十分な力を注いだ。農耕は勿論であるが、鉱業にも土木にも、凍土の上に人間の営みをするには、その凍土の性質を知らなくては、どのような施設も安全には出来ないであろう。
 その研究は永久凍土地帯の分布の調査から始められた。そして非常にはっきりした話であるが、その分…

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