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樺細工の道
かばざいくのみち
作品ID56739
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第百十二号」1942(昭和17)年12月15日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2019-06-03 / 2019-05-28
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 幸いにも日本の各地には、日本固有の藝能が幾多残る。だがこの名誉を負うのは、もはや中央の都会ではない。日本の固有性はいつにかかって地方にある。そのためそれらのものをある人は、取り残されたものとして、古い形式の中に入れてしまう。だが今日のように国民の意識が擡頭して来ると、固有性の弱い都市文化では、力がないことが分る。振り返るとそこには日本性の退歩が著しいのを感じる。だから色々の点で、地方の文化が重い意味を示してくる。
 だがその地方性も、ただ観念的なものに終っては力がない。どこまでも具体的な姿であることが望ましい。ここで造形の分野がどんなに頼りになるか知れない。ここでは物に即して日本を語れるのである。
 日本にはかかる固有なものが色々ある。だがその中で性質が一番はっきりしている一つは角館の樺細工である。樺細工は何も角館と限ったことはない。だがここほどその仕事が見事な発達を示している所はない。
 樺細工というのは損な名である。すぐ白樺を聯想するからである。桜皮細工といってしまえば通りがいいが、しかしそれは都会人にそう思えるというに過ぎない。土地では樺細工で久しい間通っている。誰も想い惑う者はない。樺は古語では「かには」といい、これが後に「かば」となったものだと思える。そうしてこれは桜を意味していたから、「かば」の言葉は既に古い使用である。樺即ち樺桜は、広い意味での山桜である。それも山桜の皮を用いる細工である。これがさきにも述べた通り、秋田県羽後国仙北郡角館で珍らしい発達を遂げた。
 何もこれだけが羽後の固有な工藝だとはいえない。だがこの国の特産を何で一番代表させるかというと、誰でも樺細工を挙げるであろう。それほど仕事が盛であり、技においても他国の追従を許さない。樺細工こそは、角館が誇っていい、日本固有の産物である。世界のどこへ出しても差支えはない。町の内外に住む工人の数は現在四百五十人にも及ぶという。



 桜のことは、花でその名が高い。大和心にそれを譬えた和歌は子供ですら知っている。画家はまたどんなにそれを画題として好んだであろう。模様にも広く取り容れられた。木材としては、目がつんでいるので、とりわけ版木に悦ばれ、好んで彫師がこれに刀をあてた。家具にしたとて膚艶がいい。
 だが樺細工は皮細工である。桜の皮が有つ特別な性質が、この工藝を招いたのである。それは三つの点において、とても貴重な資材だと思える。一つは桜皮が有つ美しい色彩である。渋い赤紫の色調である。二つにはその光沢である。磨けば膚艶が漆の如く光る。三つには強靱さである。横には裂けやすいが、縦にはとても強く、並々の力では裂くことが出来ぬ。これらの三つの徳性が集って、樺細工を類のない仕事に誘った。
 ここで私たちはこの仕事が最初から如何に天与の恵みに頼っているかを知ることが出来る。自然の資材がこん…

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