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現在の日本民窯
げんざいのにほんみんよう
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第三十九号」1934(昭和9)年2月25日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2019-03-21 / 2019-02-22
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私たちはこれから九州の南端を発して北へと上り、四国を一瞥し、山陽山陰を廻り、中部の諸国を経て、北国に進み、転々と現在の民窯を訪ねようとするのである。もとより訪ね得ないもの、知り得ないものなど多々あるに違いない。しかし現状を知り得たもの総じて四十数カ所に及ぶ。一カ所に多くは数個のまたは十数個の窯を有つから窯数からすれば概算少なくとも二百には達するであろう。私たちはこのために長い旅をつづけた。
 この本を編纂するに当って、四十数カ所の全部について記事を集めることが出来なかったのは残念である。しかしその大部分と、主要なほとんど凡てを網羅し得たから、これでほぼ現在の日本民窯を代表させ得ると信じる。その多くは在来の陶器史に記載なきものであるから、将来の研究者には役立つであろう。私たちは今後も埋もれた窯を続いて紹介したい考えである。
 以下諸篇は十二人の筆になるので、文体や、叙述の風や、観点や、精粗は一様ではない。ただ一冊に纏める関係上なるべく簡単に各窯の歴史、品目、特色等を略述するに止めた。

琉球壺屋

 琉球の窯場を壺屋と呼ぶ。古くは色々の個所に窯場があった。中で湧田とか知花とか、名がよく聞える。しかし天和の頃一カ所に集められ、今の壺屋を形造った。那覇郊外の村であったが、今は町となり市の一部に編入された。瓦焼は別だが、沖縄では今も壺屋町だけが焼物を作る窯場として現存している。壺屋という呼び方は、丁度本土で「皿山」と呼ぶのと同じである。
 日本国中、伝統的な民窯として挙げ得るものが沢山あるが、しかし昔からの手法がよく続き、作る物に未だ格があり、しかも背後の暮しぶりや村の状態まで、昔とそう変りがない点で、おそらく壺屋の如き例は稀であろう。その意味で日本国中の窯場の中で、最も興味ありまた最も大切にされていい生産地の一つといわねばならない。遠隔の地であるため、その存在やその価値を今まで省る人が少かったが、当然重要視されていい窯場である。土地の人といえども、他の窯場に対してどんな位置にあるかを熟知しないため、余り熱意を有たず、当事者も改良をのみ志して、在来の伝統を軽んずる傾向があるが、逆にこういう窯場をこそ、特色ある地方の産業として尊敬し保護しその固有性を発展せしめねばならない。
 壺屋の仕事は今二つに別れる。瓦は別として、「あらやち」(荒焼)と呼ぶ南蛮焼と、「じょうやち」(上焼)と呼ぶ陶器とである。南蛮の方は無釉のもので、主に泡盛壺や水甕を作る。大体形の大きいものが多く、窯も従って大きい。窯数は今八基あって仕事が盛である。今も「あんびん」(水注)の如き小品を作るが、昔はもっと色々作った。この南蛮に対して上物を焼く窯が別に四基ある。上焼というのは有釉のもので、沖縄人が日常の生活に用いる数々の雑器を指すのである。多く白絵掛けをし上に絵を描く。品目はなかなか多く、名称も方言の…

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