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地方の民芸
ちほうのみんげい
作品ID56746
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第四十七号」1934(昭和9)年11月14日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2019-05-03 / 2019-04-26
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 多少の知識は整ってはいたが、実際何が出て来るかは知る由がなかった。私たちは日本の各地に生い育った民藝品を索めて長い旅を続けた。北は津軽から南は薩州にまで及んだ。もとより古い作物の探索ではない。現に何が作られているかを知るためであった。書物やら土地の人々の話で多少目当を附けることは出来たが、吾々の目的を説くことには難儀を感じた。どの地方の人々も吾々のような客を有ったことがないと見える。また吾々の心を惹くものに留意する人は極めて少いと見える。県の出版物も、陳列所の品物もよい指導にはならなかった。吾々は大概の場合自ら倦まず歩くより仕方がなかった。吾々が怠れば品物の方は決して近附かない。凡ての所が処女地であった。精出して鋤や鍬を容れない限り実はない。
 予期したのは城下町であった。旧藩の文化が残ると考えられるからである。封建制度が斃れてこの方、わずか半世紀より過ぎないが、変遷の極めて急激な日本では、早くも失った伝統がどんなに多いことか。時はもう遅過ぎるのである。それでも工藝の技術が一番多く残るのはそれらの町々を措いてはない。城は廃れ、代官の屋敷は傾いても、何か歴史の跡が残る。その跡を辿って現状を見るのが私たちの第一の仕事であった。北に、南に古い城下町は点々と地図に載る。
 第二に足を向けたのは物資が集散する田舎の町々である。これは地理が決めてくれる。幾つかの奥地を袖に有つ町や村は、品物が集り、また散る場所である。特に市日でも設ける所があれば、なお都合がいい。それらの場所では、その地方でなければないものを数々売る。これには材料の相違や習慣の差違が変化を与える。
 この領域では資材を絶えず注意せねばならない。資材あっての工藝である。楮が繁れば、和紙の産地である。麻が畑に見えれば、麻布を予期していい。同じ土焼の破片が数あれば、それで窯が見出せたともいえる。街道をつたって同じ仕事が目に繰り返って映れば、その業に歴史があることが判る。漆器屋、竹籠屋、箪笥屋等、多くは集団して軒を連ねる。京の夷川等いい例である。
 それ故町の名を頭に留めていい。大工町、檜物町、金屋町、鍛冶町、鋳物師町、銅町、呉服町、紙屋町、箪笥町、紺屋町等々工藝の町々が歴史を負って至る所に残る。それらは多く吾々を待っている場所と考えていい。城下町にはこの幸が多い。
 続いて吾々は町の中でも古い街道筋を選ばねばならない。火災は何より工藝への恐怖である。蔵造りの軒並や萱葺の屋根が揃えば、工藝の品もまた揃う。建物が吾々の足を留める所は、やがて品物にも逢える個所である。旧家は物の歴史や在りかを知るに何よりの手引きである。ここで年老いた人たちの物覚えに尽きぬ感謝を忘れてはならない。
 もとより私たちの注意は作る家、売る店のみに働いてはいけない。行きずりに道で逢う人々の身形が大事である。冠る帽、纏う着物、背負う籠、腰の持…

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