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日田の皿山
ひたのさらやま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第九号」1931(昭和6)年9月5日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2018-12-18 / 2018-11-24
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 筑紫の平野を車は東にと走る。見渡す限り金色に光る菜の花の敷物である。あの黄色を好んだ画家ホッホが見たら狂喜したであろう。不思議にも美しい自然は絵画を通して私たちの眼に入る。田主丸や吉井を通れば、土塀や土蔵の家々が町の古い物語りを話しかける。これも泥絵の画工たちが重々私たちに「覚えよ」といってくれた題目である。だが私の心が急ぐのは国を一つ越えた先の日田である。平野の尽きたところに筑後川が迸る。河は急に二つの山を引きつけて岩を砕きながら私の方に走る。しぶきをあびながら岩角に佇んで糸を垂れる者が見える。彼は香魚の季節のおそいのを怨んでいるのであろう。「うるか」はこの地の呼び物である。漸次河が谿に沈むを思えば道が坂にさしかかったことが分る。虹峠を降ると県標が佇む。福岡県から大分県に入るのである。筑後が豊後に代るのである。それよりもここで日田郷に入るといった方がいい。この道は日田あっての街道である。
 隈、豆田を合せて今、日田町という。山間には思い掛けない都である。土地の人は日田を「ヒタ」と言い慣わす。ここは水郷である。水郷であっての日田である。幾条の流れが何処から来り、如何に合さり、何処へ行くのか、地図のみが知っている。玖珠川、大山川、三隈川、花月川、そうして筑後川、それらの凡てを一身に繋ぐのが水郷日田である。だがここは平坦な水郷ではない。緑に深い山の影が水に近く映る。流れつく筏はなおも谿が深いことを語る。山水の妙が自らこの匿れた町に仕組まれている。まだ訪う折を有たない人に私は日田行を勧める。



 だが私が今日はるばるこの日田を訪うたのは水のためでもなく、また春のためでもない。誰が私の目的を察し得ようや。またどこに私と同じ目的で此処に来た者があろう。私はその自然にその歴史に心を誘われたのではない。この郡の山間で貧しく作られる焼物に心を惹かれて来たのである。それはどんな歴史にもまだ書いてはない。また日田のどんな産物にも挙げてはない。「日田もの」と近在の陶器屋で呼んではいるが、土地の雑窯を意味するに過ぎない。町の人といえどもそんな粗物に意を留めたことはないのである。それに窯は更に五、六里も奥の山間にある。馬の背で町に運ばれて売られる時も、多くは十数銭で買えるのである。高くとも円を越えるものは稀である。それに分布区域も山に遮られて遠くまでは届かない。焼く人といえどもむしろかかる世渡りを恥かしくさえ思っているであろう。かくして誰からも省みられず貧しい歴史をつづけている。だが日田郡はその郡のどんな技師が手本に造るどんな品よりも美しいものをこの窯から得ているのである。



 四年ほど前に戻る。私はかつて久留米の一軒の陶器屋で不思議な品々を見つけた。それはどうしても今出来のものとは思えない。それほど手法が古く形がよく色が美しい。あるものは遠く唐宋の窯をさえ想起さ…

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