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益子の絵土瓶
ましこのえどびん
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「心 第七巻第一号」生成会、1954(昭和29)年1月1日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-01-23 / 2019-12-27
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 栃木県益子の窯場で長らく土瓶の絵附をしていた皆川マスというお婆さんのことは、既に多くの方々も知ってお出での事と思います。その山水絵や枝梅の土瓶は、焼物に眼を注ぐほどの人なら、おそらく誰でも見慣れているものでありましょう。誠にありふれた品物でありますが、それを対象にこの一文を草したく思いますのは、実はそれが美に関する幾多の根本問題を孕んでいると思われるからであります。それに多くの方々によく知られている品物であるだけに、語るのに都合のよい仲立であると思われます。お婆さんの齢はもう八旬を越えましたので、その筆の一生も終りに近づきつつあることと思われます。それ故この一文がいくらかでも、その生涯を紀念するものであることを希いつつ、ここに筆を執る次第であります。
[#挿絵]
皆川マス女の絵

 私は別に益子土瓶の歴史や手法や、その他のことをここに詳しく書こうとするのではありません。ただ簡単に次のことを、予備知識として持って頂くだけで差し当りは充分だと思われます。
 一、その土瓶に見られる絵附は、日本の伝統的な図柄の一つであります。山水の絵はもと江州の信楽に発したものでありましょうが、益子では明治の半頃から盛に描かれるに至りました。模様は「山水」のほか「四君子」とか「籬に牡丹」とか、おそらく二十種近くありましょうが、中で特に持映されましたのは山水絵でありました。
 一、いずれも代々伝ってきた非個人的な図柄で、作者の名を記したものは見当りません。無落款がこの種の焼物の本来の性情であります。もとより安土瓶でありまして、主に関東一帯の台所で用いられたごく普通の雑器であります。
 一、明治二、三十年頃は生産量の絶頂を示しました。当時は絵附に従事する者も十余人あったと申しますが、皆川マス女はその一人で、今日まで活き残っているのはもう彼女だけになりました。それにこの絵土瓶は昔ほどの需要が今はなく、近年急に生産が衰えて来ました。彼女は何でも十歳頃から描くことを教わり、爾来引きつづいて仕事をし、凡そ六、七十年間も土瓶に絵附をしてきたわけであります。
 一、達者な時で、かつ景気の好い頃は、日に千個も描いたといわれ、五百個ぐらい描くのは普通だったと申します。如何に早くまた夥しく描かれたかが分ります。
 一、マス女は学問はなく、文字も読めず、また富もない普通の絵附師で、受ける賃銀も当時のならわしとしてごく低いものでありました。ただ躰は強健で、性格は強く、頭も鋭く、男まさりのところがあります。
 さて、話を進めますのに、予め以上のような事柄を記憶して頂ければ、それで充分かと思われます。



 しかし、なぜこのような一文を書くかの主要な理由は、その絵附がごく並のものでありながら、並々ならぬ美しさを持っているからであります。ほとんど消費物の如くに誰からも粗末に扱われては来ましたが、将来は…

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