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蓑のこと
みののこと
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第七十四号」1937(昭和12)年3月28日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-05-26 / 2020-05-03
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



『和訓栞』に依れば蓑の語源は「身荷の義なるべし」とある。身に担うの意に基いたのか。この外に異説の文献は見当らぬ。蓑を「簔」とも書くが正しくない。『和漢三才図会』は一説を立て、元来は「衰」という字であったのを後人が艸を加えて「蓑」となしたのだという。「衰」は古語である。また「正倉院文書」や『延喜式』などを見ると、「[#挿絵]」という字が用いてある。草で出来た衣を意味するから適切な文字と思えるが、正しい漢字ではないようである。日本で作った俗字であろうか。
 昔から「みの」は「にの」とも発音された。出雲国飯石郡では今もこれが通音である。『天治字鑑』十二(廿八)に「蓑 弥乃」。『万葉集』十二(卅二)に「久方の雨のふる日を我が門に、にの笠きずて、きたる人や誰れ」とある。富山県では「みのご」という言葉を用いる。これは女用の蓑でやや小型である。
 蓑とは「雨衣」を意味すると『倭名類聚抄』などに記してある。または「草雨衣」とか「御雨草衣」などとも昔から説いた。その作り方、材料などについては『三才図会』の述べる所が最も要を得ているから引用しよう。
「按、蓑雨衣也。用レ茅打柔編為レ之。漁人行人以禦レ雨。或以レ藁為二密薦一上施レ菅作レ之。農人為二雨衣一。」
 同じ蓑という文字も、用いる場所であるいは「田蓑」とか「山蓑」とか呼び、あるいは用途に準じて「腰蓑」とか「馬蓑」とか名づけ、あるいは出来る地名で「加賀蓑」とか「登美蓑」とかいう。「登美」(または「等美」)はおそらく大和の富雄村の意であろう。また「大蓑」「小蓑」などと呼ぶ。また、蓑帽子(羽前村山)蓑毛帽子(羽前庄内)などいって頭からかぶるものがある。羽前置賜で「にぞ」と呼ぶ帽子があるが、これは「にの」の転訛ではないだろうか。「にの」は「みの」の通音である。
 蓑の元来の用途は前に記したように雨衣である。雨衣には昔は「油衣」があり、「合羽」があったが、起原はもとより草で編んだ蓑の方がずっと古い。雨の時にも雪の時にも用い、また野に働く時、旅に出る時、誰も便利を感じた用具である。上公家より下農夫に至るまで、誰にも用いられた。
 古書を繙けば蓑に関する文献は様々あるが、中で最も古いのは『日本書紀』と思える。「素盞嗚尊結二束青草一以為二笠蓑一」と同書一神代巻に記してある。だから草を結んで蓑を作った歴史は甚だ古い。だが蓑は日本で生れたものか、これも必定支那から教った技であったと考えられる。今日台湾で使う支那系の蓑を見たが、日本のそれが由来した跡が想像出来る。支那の文献は『日本書紀』よりもっと古い。『列子』を開くと次の文字が出てくる。「吾君方将下被二蓑笠一而立中乎[#挿絵]畝之中上」。これで見れば歴史は遠い。「蓑笠」という対句は、丁度「梅に鶯」の如くほとんどつきものとして日本ではしばしば歌にさえよまれたが、この言葉も既に早く支那にあった…

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