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野州の石屋根
やしゅうのいしやね
著者柳 宗悦
文字遣い新字新仮名
底本 「柳宗悦 民藝紀行」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「工藝 第六十五号」1936(昭和11)年7月31日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2020-01-23 / 2019-12-27
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 浜田が益子にいるので、年々幾度か東京との間を往復し、栃木県には親しみが出来た。それに一時は半井知事がおられたので、県下を旅する機会が更にふえた。
 宇都宮から益子に、また鹿沼や日光に行くごとに度々私の心を惹いた建物を見た。長屋門の美しさもその一つだが、私にはことのほかその地方の民家で用いる石屋根が美しく想えた。これだけ形が確で、しかも美しい屋根を他で見たことがない。茅葺には様々な美しいのがあるし、瓦葺でも石州の窯場の赤屋根の如きは忘れられぬものではあるが、形の立派さではこの石屋根に比肩するものは他にあるまい。支那の強ささえ聯想される。
 大体石屋根は日本で極めて珍らしく、越前や紀伊に多少あると聞いたが、それは皆普通の屋根瓦を摸した形である。ところが栃木県下のは全く石という材料から生れた形であって、それだけ必然さがあり、石の持味がよく活かされている。石だから重みや幅さや厚みや大きさが整い、見て甚だ立派である。
 私は家を建てるなら、その石屋根を用いたいという夢さえ抱いた。栃木県を旅する毎に私は益々この特色ある屋根に心を惹かれた。ところが求める者には与えられるのか、私が新に駒場に居を決める直ぐ前に、予々日光街道で眼に入っていた一軒の石屋根長屋門が売りに出た。浜田や塚田君の斡旋でついにそれを購うこととなり、そのまま東京に移した。今住んでいるのがそれである。それは昭和九年の十月である。こんな事情で私は益々石屋根に心を向けた。
 しかしこの特色ある石屋根に付て注意した人は極めて少ないと見える。未だ紹介されたのを聞かない。逢うどの建築家に尋ねても皆知らないという。これほど特長のはっきりした日本の屋根はないはずだが、どの建築史家も語ったことがないのはむしろ不思議に思える。まして東京から遠い土地ではない。それで私たちはその道に素人ではあるが、いつか『工藝』で紹介したい考えを強めた。それには多少でも調査が必要である。浜田と相談し宇都宮の塚田泰三郎君に依頼して、ほぼ地理的分布を調べてもらった。同氏の熱心な援助がなかったら、私たちのこの企ても延びてしまったかもしれぬ。
 昭和十年十月十二、十三の両日、浜田、塚田、水谷および私の四人、それに写真師として西鳥羽君が加わり、調査および撮影に時を送った。宇都宮を間に挟み東は真岡より西は文狭、鹿沼一帯を見て廻った。大体宇都宮を中心として十里の半径を描けば、ほぼその中に分布される。だから特殊な事情の許で一地方に発達した様式で、遠くには及んでいない。これが今まで充分知られていない原因となったのであろう。
 何がこの石屋根の発達を促したのか。それは全く大谷から大谷石を出したのに依る。大谷は宇都宮からわずか一里余りの所であって、特にこの十数年、そこから盛にいわゆる「大谷石」が東京に運び出された。今ではほとんど塀や土台にこの石を用いない個所は少ない…

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