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狂い凧
くるいだこ
作品ID56775
著者梅崎 春生
文字遣い新字新仮名
底本 「狂い凧」 講談社文芸文庫、講談社
2013(平成25)年10月10日
初出「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月
入力者kompass
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-02-07 / 2016-02-01
長さの目安約 228 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 ある晴れた日の夕方、夕焼雲の色が褪せかけた頃、私は郊外の道を歩いていた。季節は晩秋か、初冬だったと思う。地上や中空にかなり強い風が吹いていて、樹々の梢を動かし、乾いた砂埃を立てていた。
 それはある私鉄と別の私鉄の駅間を結ぶ道路で、中央部が簡易舗装になっている。そこをバスや自動車やオート三輪が通る。舗装してない両側の砂利の部分を、人は歩くのだ。
 あたりはまだ開けてなく、ところどころに樹に囲まれた農家や、小規模な団地や、高圧線の塔があるだけで、おおむねは畠に占められていた。しかしあちこちの丘や崖を切りくずして、平坦地を造成しているところを見ると、やがてここらも急速に発展して、家やアパートだらけになってしまうに違いない。
 人通りは少かった。
 その女は、私よりも三十メートルほど先を、私と同方向に歩いていた。女が歩いていたのは、道の端の歩道ではなく、道からさらに凹んだ畠中の道であった。黄昏時なので交通事故を心配したのではなく、風が吹きつけるので、それを嫌って畠中に降りて入ったのだろう。
 その時私の背後から、相当なスピードで、一台のトラックが走って来た。傍を通り過ぎる時、私はちょっと立ち止り、車道に背を向けていた。トラックは通り過ぎ、やがて舗装路の穴ぼこをさけようとして、ハンドルを切りそこねたらしい。バス停留所の標識柱に、車体の端が触れた。鈍い音がした。
 標識柱は基底にコンクリートの台があり、金属のパイプがそこからまっすぐ伸びて、停留所名を記した円盤が一番上にくっついている。標識柱は土台が重いから、普通ならなぎ倒されるだけの筈なのにその時は妙な現象が起った。
 支柱のパイプが折れたのである。支柱は文字盤もろとも、まっすぐには飛ばず、そのまま風に乗って中空に舞い上った。
 その一部始終を、私は見ていたわけではない。音がしたから眼をやったら、それが舞い上っていたのだ。ふわふわと呑気そうに十二、三メートルも上ったと思うと、一瞬静止して、今度はきりきり舞いしながら、斜めに畠へ落ちて行った。
「…………」
 声にならない悲鳴のようなものを立てて、女は足から膝、膝から胴に力を抜いて、黒い土の上にくず折れた。その落下地点に、丁度その女が歩いていたのだ。
 さっき私は、三十メートル先に女が歩いていたと言ったが、トラックが通り過ぎる時には、私は気がついていなかった。と言うより、意識に入れていなかった。もっぱら空や景色を眺めて歩いていたのである。
 だからその女の存在に気付いたのは、折れた標識がそこに落下した瞬間からだ。私はすぐに斜面を降りて、その方に急ぎ足に近づいた。私がそこに着く前に、若い男と女が走り寄り(それまで彼等はどこにいたのか、どこを歩いていたのか、私は知らない)男はうつぶせに倒れた女をあおむけにしようと、しきりに手を働かしていた。アベックの若い女の方は、…

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