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世界記録と私
せかいきろくとわたし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「文藝春秋」にみる昭和史 第一巻」 文藝春秋
1988(昭和63)年1月10日
初出「文藝春秋」文藝春秋社、1929(昭和4)年12月号
入力者sogo
校正者フクポー
公開 / 更新2018-08-02 / 2018-07-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 年の暮れまでにはまだ一月あるが、神宮の大会が終ると私はなんだか自分の生活の一年が終ったような気がする。
 あわただしい一年ではあった。それだけになんだか今年はいつもの二倍の仕事をしたような気持もする。
 去年九月、オランダのオリンピック大会から帰って来て年の暮れるまで旅のつかれと二度の遠征による体のつかれでふたたび競技場に立てるかと心配した。下駄箱の中で次第にサビのついてゆくスパイクシューズも何ら気にとまらないまでに競技生活の倦怠を覚えていた。私はこうした変化にあったのは初めてであった。
 競技場に練習もせず社の仕事もやや落ち着いた時、私は二カ月ばかしをついやして競技生活の回顧録のようなものを書いた。それが今春平凡社から出た『スパイクの跡』であった。
 社の仕事をすまして夜九時頃家に帰って来ると、毎晩木枯らしの声をききながら火鉢を抱いて原稿を書いた。十九の年瑞典に遠征してから今日まで、満三カ年の間競技生活を綴って行くペンの走りにつれて、生々しい涙の思い出や自分一人の知る喜びがさらに私を軽い気分にさしたり、底冷えのする冬の夜にかなしみを引きずりこんで行くことが毎夜のようであった。
 しかし原稿の出来上って行くにつれてもうわたしはさっきまでのような元気も、若々しさもなくなってグラウンドのトラックを疾走しながら世界記録を破るなんてことの出来ない人間になるのみではなかろうか、外国の競技場で邦人の歓呼をうけることももう出来なくなるんだと競技場に活躍する自分の姿を自分の目に浮かばせるのであった。落ち着いた、物淋しい、人間らしい気持であった。
 原稿が出来上って校正のゲラが手に入る頃には私はまた元気になった。元気にしてくれた、世間の人々が。
 お前は若い、お前は責任を全うせよ、後輩を作れ、最後を飾れ、
 と世の人は私に説いた。
 私はまだ若かった。まだまだ私は自分の競技生活を全うしていない。オランダの大会では破れている。後輩は一人もいない。
 そうだ私は最後を飾るのだ、若いのだもの。
 来年(一九三〇年)の九月には第三回の万国女子オリンピックがある。瑞典の大会があってちょうど四年目、私には思い出の深い競技会だ、これに出場してそして最後を飾るのだ、私は一大決心のもとにふたたびサビついたスパイクシューズを手入れした。
 春になった、四月に入ると私は去年よりも元気になった、毎年挙行の女子オリンピックで世界記録を一つ出した。それに調子づいた運動神経はまた去年以上の緊張を見せてくれた。
 五月に入ると『スパイクの跡』が出版された。
 私は毎日自分の本がならべてある本屋のショーウインドの前を通った。
 一冊へり二冊へり次第に棚の上から本が少なくなっていくことがどんなにうれしかったか。
「あんたでもそんなに本が売れるなんていうことにうれしみを感じますか、私はあなたなんか超然としていら…

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