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ふしぎな岩
ふしぎないわ
作品ID56871
著者林 芙美子
文字遣い新字新仮名
底本 「日本児童文学大系 第二四巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「こども朝日」1948(昭和23)年3月
入力者神宮さち
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-01-06 / 2014-12-15
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 夜になって、ふしぎな岩は、そっと動きはじめました。岩が動くってへんですね。
 あわいお星さまをすかして、霧のような山風が、ひくい谷間から、ごう、ごう、ごうと吹きあげています。どこかの森の方で、フクロウが鳴いています。岩は、どっこいしょと起きあがって、せいいっぱいにのびをしました。
「ああ、いい気候になったな……遠いところへ旅行をしてみたいな。」
と、ふしぎな岩は、むくり、むくりと少しばかり歩きました。すると、谷間の方から、ざわざわとササヤブをふみ鳴らして岩山の方へ何かが登って来るようなようすです。ふしぎな岩は、「おや、何だろう?」と、じいっと耳をすましてまわりをながめました。
 がさがさと音をたてて、やがて、一ぴきのオオカミのようなけだものが、いかにもつかれきったようなすがたでひょいと岩の前に登って来ました。岩はじいっと息をのんで、そのけだものを見ていました。
 じいっと見ていると、それは、いつもこの山みちを通る、山小屋の飼犬のタローでした。こんな真夜中をどうして、いまごろ、タローがひとりで歩いているのだろうと、岩はみょうなことだと思っておりました。タローはつかれてへとへとになっていたのか、岩のところへ来ると、そこへ腹ばいになって、ウオー、ウオーと谷底をながめながらほえたてています。
 ふしぎな岩は、あまり、タローがほえるので、何ごとがあるのかと、
「タロー君、いったい、この真夜中に、どうしたというンだい?」
と、声をかけました。
 タローはびっくりしたようすで、ふっと、ふしぎな岩をながめました。
「私はここのとんび岩だよ。わかるかね?」
と、たずねますと、タローは急にしっぽをきつく振りたてて、
「ああ、とんび岩のおじさんかね。私はまたテングさまが声をかけたのかと思ったよ。」
と、なつかしそうに、岩の方へよって来ました。
「どうして、ここへ来たのかね?」
と、もう一度、とんび岩がたずねました。
「月のいい晩はここから海が見えるンだよ。急にね、人間に飼われているのがいやになって逃げだしたくなったンだ。だから、夜になると脚をじょうぶにして、あの海の向こうの方へ逃げ出して行ってみたいと思って、今夜も森の方へ出て来てみたのさ……」
と、いいました。
「ああ、そんなことかね。おれもね、実は、ここに長いことこうしているのにあきあきしちまって、なんとかいいところへ行ってみたいものだと思っているのさ……」
とためいきまじりにいうのです。
「ほんとうにどうして、ぼくたちは自由に方々を、人間みたいに行きたいところへ行けないのだろう……。こうしているのがつまらなくなっちまった……」
と、タローは、ウオー、ウオーと、谷間へ向かってほえたてるのです。
「それでも、お前さんは、まだ、私より自由だもの、どこへでも走って行けるだけいいじゃアないか……この谷間の底には、夜になると、ああして…

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