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男子の本懐
だんしのほんかい
作品ID56949
副題(「願望成就」)
(「がんぼうじょうじゅ」)
原題A WISH FULFILLED
著者小泉 八雲
翻訳者林田 清明
文字遣い新字新仮名
入力者林田清明
校正者
公開 / 更新2015-06-05 / 2015-05-13
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

汝、その肉体を離れ、自由なる天空に入りし時、不死なる永遠の神とならん ――もはや死といえども、汝を支配すること忽らん
――ギリシア古詩歌



 市街地の通りには白い軍服姿とラッパの響き、それに野戦砲の重々しい軋みがあふれていた。日本の軍隊が朝鮮を征服したのは史上三度目である。清国に対する日本帝国の宣戦布告(a)は、地元新聞紙が赤紙に印刷して公にされた。帝国の全戦力はこの熊本に結集しつつあった。集結しては通過していく軍隊を兵舎や旅館それに寺院だけでは賄いきれなかったから、多くの兵士たちは民間の家にまで宿泊が割り当てられた。それでもなお宿泊施設が足りないので、特別列車を設えて兵隊たちを出来るだけ速やかに九州北部に輸送していた。そこの下関には輸送船が待っているのだった。
 このような動きの激しさとは対照的に、市中は驚くほど静寂を保っていた。兵隊たちは、授業中の日本の少年たちのように大人しく、穏やかだった。威張り散らしたり、無鉄砲なことをしたりするようなお祭り騒ぎはなかった。お寺の境内では僧侶たちが兵士の一団に説教をしている。また、軍の練兵場では、大祭礼が、わざわざ京都の本山から招かれた浄土真宗の大僧正によって執り行われた。彼によって、何千人もの兵士たちが阿弥陀の御加護の下に置かれるのであった。若者の一人一人の頭の上に抜き身の剃刀が置かれていった。それはこれからは世俗の煩悩を捨て安らかな世界を究めていくという象徴であり、兵士たちを仏の弟子とする帰敬式であった。仏教よりもっと古い信仰である神道の神社では、神官と人々が、かつて天皇のために戦って死んだ英霊に、また戦の神々に祈りを捧げていた。藤崎宮では、神符が兵士たちに配られていた。なかでも一番盛大な式が本妙寺で行われていた。そこは日蓮宗の古刹であり、また三〇〇年程前に朝鮮を征伐し、キリスト教を禁制とし、仏教の庇護者であった加藤清正の遺灰を安置しているのである。本妙寺では、参詣者たちが南無妙法連華経と唱える読経の声が、あたかも打ち寄せる波のように響き渡っている。また、本妙寺では、神格化された英雄である清正公の像をあしらった、小さいお寺の形をした小振りの御守を買い求めることができる。本妙寺の大きな本殿とそれに連なる長い参道に沿って並んでいる小さな社では特別な読経が行われていたし、また、神明の加護にすがるべく、清正という英雄の霊魂に格別の祈りが捧げられていた。この三世紀の間、清正公の鎧、兜それに太刀が本堂に安置されていたが、それらはもう見ることができない。ある者によれば、軍隊の士気を高めるためそれらは朝鮮に送られたのだという。また他の者の噂では、天子の軍隊を今一度勝利へと導くために、清正公の勇敢な亡霊が長い眠りの埃りの中から目覚めて立ち上がり、夜ごとに境内では馬蹄の音を響かせて往き来しているのだという。日本国中から召集され…

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