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S先生に
エスせんせいに
作品ID56966
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「青鞜 第四巻第六号」1914(大正3)年6月号
入力者酒井裕二
校正者Butami
公開 / 更新2020-10-14 / 2020-09-28
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 余程以前から先生に何か書いて見たい気はありましたけれども私の書いたものなんか御覧になるときつとまた、あの、「フン」と鼻の先で笑はれることだらうと思ひますと嫌気がさして書く気にはなれませんでした。けれども今度こそは書いて見ます。読んで頂かなくてもかまひません、私一人で書いて見ます。
 私に対する先生のお心持ちが今どんな状態に在るか私には全然見当はつきませんけれども多分相変らず軽蔑してお出になることはたしかだとおもひます。私も実を云ふと先生を軽蔑してゐるのです。それで学校にも先生の処にも行きません、でも悪くんではゐません。私は先生は矢張り好きなのです。嫌ひにはなれません。私が学校にゐた時分の何にも知らないでゐた頃の先生は好きでした。然し稍や私が物を解しはじめた頃の先生は、――先生の態度は――私には不快でした。何故なら先生は私に対して、あまりに傲慢でそして不徹底でゐらしたからです。先生は、徹頭徹尾私を子供扱ひになすつた。それもまあ我慢しますけれどもそれは決して本当の先輩だと云ふ、自覚のある態度ではありませんでした。私はそれをよく知つてゐました。私はあの私の事件のときに先生が骨を折つて下すつたことを知つてゐます。そして感謝してゐます、けれども私は矢張り不平です。先生は、私の方にもそれからまた、私の国許にゐる両親たちにも双方に先生の親切を見せつけるやうな態度をなさいました。仮令先生はさう云ふおつもりでなかつたにしても、先生は、どちらにもよく思はれたいと云ふ気持はたしかにおありになつたとおもひます。でなければ一段高い処にゐて、其所から私達の間を自由に近寄せやうとなさいました。一体何時でも私には二つの全く相反した性質のものが先生の内にゐて、争つてゐるやうに思はれます。先生御自身ではお気がおつきにならないかもしれませんけれども――或はまた先生はうまくそれに調和がとれてゐるつもりでお出になるのかもしれませんけれども――それが別々に孤立してゐるやうに思はれます。それは私は学校で先生から倫理のお講義を伺つてゐる時分から気がついてゐました。それがあの時以来著しくはつきりといたしました。先生は何時も私達にお話して下さる時に油がのつておいでになりますと気持ちのいゝ程興奮して社会の腐敗した風教や何かのことについて罵倒なさいました。それでそれまではまだ半眠状態でゐた私の社会の習俗に対する反抗心が漸く目醒めて来ました。そして、そのボンヤリした私の魂はだん/\に僅かづゝながら成長して来たのでした。そして、私が当然通るべき第一の関門にまで到着したときに、私は先生に教はつた通りにありつたけの力をもつて其処にぶつかりました。勿論それにはTとN先生とが後にゐて下すつた事も私の力を強くしたのではありますけれども。
 そしてその時第一に私に反抗を教へて下すつた先生はどうだつたでせう。私はかう考へて来ると…

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