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女絵師毒絵具を仰ぐ
おんなえしどくえのぐをあおぐ
副題(三面記事評論)
(さんめんきじひょうろん)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「新公論 第三〇巻第八号」1915(大正4)年8月号
入力者酒井裕二
校正者きゅうり
公開 / 更新2018-09-16 / 2018-08-28
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 利欲一点張りの父と思想上の衝突からと云ふ註をつけて女子美術学校を中途でやめた松尾松子と云ふ婦人が将来画家としてたつゝもりで自宅で退学後も研究中の処父は彼女を歯科医として教育することにし度々意見の衝突をしたあげく不本意ながら父の意に従ふことになり近々専門校に入学して研究する筈になつてゐたが矢張り画を描くことを思ひ切ることが出来ずに煩悶し近き頃は家人ともろく/\口もきかず一室にとぢこもつて絵をのみかき哲学の書なども耽読してゐたが何時か自殺を決心して十八日午前二時画用の黄と青の毒絵の具を多量に服したと云ふことが十九日の紙上に見えた。
 果して自殺の真の原因が新聞紙の伝へるやうに目的をはゞまれたと云ふことゝすれば松子と云ふ女は小心な意久地のない女だと云はなければならない。
 希望をもつことの出来ない歯科医などになることをしぶしぶながら承知する位の勇気があれば何も死なゝくともよさゝうなものだと先づ私達ならば思はれる。本当に死ぬほどつきつめた心持になる程画に執着があればたとへ今逐ひ出されるといつてもその愛をまげることが出来ないのが通常であるのに、矢張り一時の苦しさの為めにの妥協がのがれやうとした苦痛を一層大きくしてしまつたのだ。其処までゆくともうすつかりまゐつて仕舞つたのだ。もう一と勇気出してふみこたへればそれがきつと彼女をもつと明るい処に導いたにちがひない。
 到底自分の望みが容れられない場合に二つの方法がある。それはどんなにしても自分一人の生活の道をたてて親の手許からはなれ去ること、それでなければこれは少し性は悪いかもしれないけれどもそれも一の手段として自分に許すことが出来れば、親の要求通りの道をえらんでその傍ら絵をかくことを続けてゆきどうしても他の事をさせたのでは駄目だと親の方で覚るやうに仕向けてゆくかの二つだ。本当に生きる為めの仕事に対する愛着からならばその位のことは何でもないことだと私は云ひ得る。
 私の考へによれば彼女にはこの位のことは見当はついてゐたのだとも思はれる。併し彼女は彼女自身の臆病からそれを断行することが出来なかつたのであらう。けれども後者は割り合ひに容易に出来ることだと思ふ。たゞそれにばかりついてやることは出来ないかもしれない。けれども彼女が片手間の研究で満足が出来なければどうも仕方がないとも云へるけれどそれにしても場合によつては描くことを懸命にやつて医学の研究を片手間でもかまはないではないか。小心なものゝ常としてさうした方に向けば向いたで矢張りそれにも全力を傾けて他人にひけをとりたくない劣等者になりたくないと云ふやうな欲ばつた考へになつて矢張り人並の勉強もしなければならず、それには時間はかゝるし疲れはするしとても絵などは書けないと云ふ考へが先きにたつことになるとつい失望もしなければならない。兎に角自分の事に丈け懸命になつてゐさへすれば何でも…

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