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きつね
作品ID56983
著者蔵原 伸二郎
文字遣い新字新仮名
底本 「近代浪漫派文庫 29 大木惇夫 蔵原伸二郎」 新学社
2005(平成17)年10月12日
初出おぎつね「陽炎」1957(昭和32)年3月号<br> きつね「詩学」1955(昭和30)年10月号<br> 老いたきつね「花粉 第五号」1958(昭和33)年5月
入力者kompass
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2016-03-16 / 2016-01-12
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

めぎつね

野狐の背中に
雪がふると
狐は青いかげになるのだ
吹雪の夜を
山から一直線に
走つてくる その影
凍る村々の垣根をめぐり
みかん色した人々の夢のまわりを廻つて
青いかげは いつの間にか
鶏小屋の前に坐つている

二月の夜あけ前
とき色にひかる雪あかりの中を
山に帰つてゆく雌狐
狐は みごもつている


黄昏いろのきつね

山からおりて来た狐が
村の土橋のあたりまでくると
その辺の空気が狐いろになつた
残照のうすらあかりの中で
狐がたそがれいろになつたのだ
葦がさやさやと鳴つた
風は村の方角から吹いている
狐は一本のほそい
あるかないかの影になつて
村の方へ走つた
かくて
狐はまた一羽白い鶏を襲つた


おぎつね

黄昏どきの冬山は静かだ
一匹の雄狐が
枯木の三叉にのぼつている
はがれた皮だけのように
うすつぺらになつている

狐は鉄のにおいをぷんぷんさして
山すそから登つてくる見えない狩人の姿を
ちやんと見ていた
そいつの足音がいやらしい欲望の音である
 のもしつているのだ
雄狐はゆつくり木からおりた
そして 月光いろの雌狐が待つている
四次元の寂寥の中へ消えていつた


きつね

狐は知つている
この日当たりのいい枯野に
自分が一人しかいないのを
それ故に自分が野原の一部分であり
全体であるのを
風になることも枯草になることも
そうしてひとすじの光にさえなることも
狐いろした枯野の中で
まるで あるかないかの
影のような存在であることも知つている
まるで風のように走ることも 光よりも早く
 走ることもしつている
それ故に じぶんの姿は誰れにも見えない
 のだと思つている
見えないものが 考えながら走つている
考えだけが走つている
いつのまにか枯野に昼の月が出ていた


老いたきつね

冬日がてつている
いちめん
すすきの枯野に冬日がてつている
四五日前から
一匹の狐がそこにきてねむつている
狐は枯れすすきと光と風が
自分の存在をかくしてくれるのを知つている
狐は光になる 影になる そして
何万年も前からそこに在つたような
一つの石になるつもりなのだ
おしよせる潮騒のような野分の中で
きつねは ねむる
きつねは ねむりながら
光になり、影になり、石になり雲になる
 夢をみている
狐はもう食欲がないので
今ではこの夢ばかり見ているのだ
夢はしだいにふくらんでしまつて
無限大にひろがつてしまつて
宇宙そのものになつた
すなわち
狐はもうどこにも存在しないのだ


野狐(やこ)

さびれた白い村道を歩きながら
旅人はつぶやいた
「生きながら有限から抜け出そうなんて、
 それはとうてい不可能なことだ」
すると、旅人の頭の中の
一匹の狐が答えた
「それはあなたが消滅して私になれば、
 わけもないことです」
そこで旅人は狐になつた
道ばたの紅いスカンポの根を…

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