えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
紙幣鶴
しへいずる |
|
作品ID | 57007 |
---|---|
著者 | 斎藤 茂吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「斎藤茂吉随筆集」 岩波文庫、岩波書店 1986(昭和61)年10月16日 |
初出 | 「改造」1925(大正14)年6月号 |
入力者 | 秋谷春恵 |
校正者 | 高瀬竜一 |
公開 / 更新 | 2018-05-14 / 2018-04-26 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
ある晩カフェに行くと、一隅の卓に倚ったひとりの娘が、墺太利の千円紙幣でしきりに鶴を折っている。ひとりの娘というても、僕は二度三度その娘と話したことがあった。僕の友と一しょに夕餐をしたこともあった。世の人々は、この娘の素性などをいろいろ穿鑿せぬ方が賢いとおもう。娘の前を通りしなに、僕はちょっと娘と会話をした。
「こんばんは。何している」
「こんばんは。どうです、旨いでしょう」
「なんだ千円札じゃないか。勿体ないことをするね」
「いいえ、ちっとも勿体なかないわ。ごらんなさい、墺太利のお金は、こうやってどんどん飛ぶわ」
そうして娘は口を細め、頬をふくらめて、紙幣で折った鶴をぷうと吹いた。鶴は虚空に舞い上ったが、忽ち牀上に落ちた。
娘は、微笑しながら紙幣で折った鶴を僕に示して、※[#下側の右ダブル引用符、U+201E、41-1]fliegende oesterreichische Kronen!“こういったのであった。この原語の方が、象徴的で、簡潔で、小癪で、よほどうまいところがある。けれども、これをそのまま日本語に直訳してしまってはやはりいけまい。
この小話は、墺太利のカアル皇帝が、西班牙領の離れ小島で崩じた時と、同じような感銘を僕に与えたとおもうから、ここに書きしるしておこう。