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つま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「斎藤茂吉随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日
初出「中央公論」1926(大正15)年9月号
入力者秋谷春恵
校正者高瀬竜一
公開 / 更新2019-02-25 / 2019-01-29
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 妻はやはり Sexus Sequior と見立てなければつまりは満足は出来まい。そういうことを考えずに済む亭主は、温良で小さく美しくて京人形のような妻を有っているものに相違ないとおもう。
 女を甘やかす今の欧羅巴の※[#下側の右ダブル引用符、U+201E、92-5]Dame“社会状態は、全亜細亜人からも、それから古代希臘、古代羅馬の人々からも嘲笑されるに極まっているといったショペンハウエルは、果してそういう京人形のような妻をば有っていなかった。それであるからショペンハウエルは、若くして恋慕の息吹をかけられなかったと同時に、年老いても罪深い女人どもの懺悔を聞いてやらねばならぬ加特力の坊主の役をつとめなくとも好かったのである。
 そのショペンハウエルは、女というものは足の短い肩の狭い臀ばかり大きいものだといった。これは欧羅巴の女を罵った言葉なのである。
 僕は西暦一九二四年の初秋から、鼻の低い足の短い妻を連れて欧羅巴の大都市を歩いていた。ショペンハウエルが、満身の力をこめて罵倒した欧羅巴の女どもといえども、どうしても僕の妻よりも器量が好い。けれどもそれを逆にいえば、僕は黄顔細鼻の男に過ぎぬ。これを当年のショペンハウエルに較べるなら、所詮僕は不器量に相違ないゆえに、諦念して二人は一しょに歩いていた。
 仏蘭西から英吉利に渡り、英吉利から和蘭、独逸、瑞西とまわって伊太利のミラノに来た。ミラノに来たのは僕は二度目である、そうして歩いているうちに妻はいつのまにか懐妊していた。僕はミラノでレオナルド・ダ・ヴィンチ一派の絵画をもう一遍見直そうとして、旅疲のしている妻を引張りまわしながら丸三日を過ごした。妻は美術館などに入っても、絵画などはどうでもいいというような顔付をして茫然としていることが多かった。けれども僕はそんなことにはかまっていられないような気がして精を出して見て歩いた。
 十月二日にミラノを立ってヴェネチアに向った。仏蘭西を出てからもはや二月ほどになった。汽車は急行で、東方へ向って驀地に走っている。しばらくの間無言でいた妻は、その時何の前置もなしに僕にむいた。そして二人はこういう会話をした。
「日本の梅干ねえ」
「何だ」
「おいしいわねえ」
 会話はそのまま途切れてしまったけれども、僕はその時、今までに経験しなかった一つの感情を経験したのであった。夫婦なんぞというものは一生のうちに一度ぐらいは誰でもこういう感情を経験するものかも知れぬ。あるいは運のいい夫婦はしじゅう経験しているのかも知れぬ。
 僕らはヴェネチアに四日いた。けれどもその時は梅干のことなどは忘れたように話さなかった。そしてヴェネチアでは唐辛子の酢漬を買って見たり、小蛸のうでたのなどを買って食ったりしたのであった。



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