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北岳と朝日岳
きただけとあさひだけ |
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作品ID | 57028 |
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著者 | 木暮 理太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「山の憶い出 下 」 平凡社ライブラリー、平凡社 1999(平成11)年7月15日 |
初出 | 「改造」1929(昭和4)年6月 |
入力者 | 栗原晶子 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2015-12-13 / 2015-09-01 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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白峰北岳
日は忘れたが明治二十六年の八月であった、初めて木曾の御岳に登った時、兼てこの山は高さ一万七百尺、日本第二の高山であると地理書で教えられ、又近所の御岳講の講中で登山したことのある人の話にも、頂上からは富士山が高く見えるだけで、外に目に立つ山は無いと聞かされていたので、そうと許り信じていた私は、意外な展望にすっかり驚いてしまった。成程南には目ぼしい山もなく、西には遠く白山が桔梗色にふわりと横たわっている丈であったが、北はどうだろう、つい鼻の先に、鞍の輪のように或は猫の耳のように、双峰を対峙させた、頂上の小さい割に恐ろしく根張りの大きな山が立ちはだかっている。何だか自分より高いような気がする。頂上より一段低い南側の斜面に真白く残っている雪の量も、ここの二ノ池の西側に積っている雪などよりはずっと多い。御岳講の人がこんな素晴らしい山に気が付かないとは不思議なことだ。何山だろうと考える。すぐ乗鞍岳の名が頭に浮んだ。絶頂の形が如何にも鞍に似ているからである。地図を見ると果して乗鞍岳の名が大きく記入されているので、同じ大さの文字で記入されている立山と共に、附近に匹敵するものなき高峰たることを表わしているのであろうと思った。当時携帯していた地図は、例の輯製二十万分の一の図で、登山には全く役に立たないことが多い許りか、時には大に迷惑することがあったにも拘らず、他に良地図がないから止むなく用いていたのである。其頃農商務省地質局から兎に角実際に測量した地形図の発行されていることなどは少しも知らなかった。
乗鞍岳の後には、三峰駢立して、恰も穂先が三つに分れた槍のように、鋭く天を刺している山がある。山骨稜々たる岩山であることは、遠目にも判然と認められた。山肌に喰い込んだ雪がきらきらと光っている。これは槍ヶ岳に相違あるまいと断定したが、三峰の中の左が槍で中央が奥穂高、右が前穂高であることは知る由もなく、一座の槍ヶ岳が峰頭三岐したものと考えていた。これが後になって穂高登山の機会を逸せしめた一の原因となったのは是非ないことである。槍ヶ岳の右にも亦左にも、肩から上を抜き出している高い山の幾つかが見られたが、どれも名を知らない山ばかりである。
転じて東を眺めると、長大な連嶺が横一文字にすうと眉を圧して聳えている。高さはここより低いようであるが、これは又何と長いことか、掻き退けたいような胸苦しい圧迫を感ずる。この山は駒ヶ岳であることは疑う余地がない。更に驚いたのは、この高い駒ヶ岳の連嶺の上に、十指を屈して尚お余りある大岳がずらりと並んでいることであった。私の貧弱な山の知識にこれが驚異でなくて何であろう。暫くは体が硬張って息もつけぬ程だったが、漸く身も心も落付いてからよく見れば、それらの山の一つ一つが皆違った形を持っている。富士山も勿論其中にあった。私の眼は富士の左の方に一際高く挺…