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書簡 大杉栄宛
しょかん おおすぎさかえあて |
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作品ID | 57040 |
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副題 | (一九一六年七月一五日 一信) (せんきゅうひゃくじゅうろくねんしちがつじゅうごにち いっしん) |
著者 | 伊藤 野枝 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林 2000(平成12)年5月31日 |
入力者 | 酒井裕二 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2016-03-23 / 2016-01-04 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館
発信地 大阪市北区上福島
昨日はとうたうはがきを書く事も出来ませんで失礼して仕舞ひました。何卒あしからずおゆるし下さい。
停車場に和気(律次郎)さんが思ひがけなく見えてゐましたのにびつくりしました。あなたが電報を打つて下すつたのですつてね。午後から社に伺ふ約束をして直ぐこちらにまゐりました。叔父(代準介)は午後から旅行するのだと云つて、可なり混雑してゐる処でした。もう一と足で後れて仕舞ふ処でした。午後から社にゆきましたら、菊池氏は小説執筆中で休んでゐました。暫く和気さんとお話して心斎橋まで一緒に行きました。
叔父は三時にたつと云つてゐたのですけれども九時まで延ばしていろ/\お話をしました。何か云はうと思ひますけれども、何を云つても駄目なのでいやになつて仕舞ひました。叔父はアメリカに直ぐに行けと云ふのです。そして社会主義なんか止めて学者になれと云ふのです。とにかく二十日ばかり留守にするからそれ迄ゐろと云ひますから、ゐる事にはしましたが、叔母が何にも分らないくせに、のべつにぐず/\云ふのを黙つて聞いてゐるのがいやで仕方がありません。要するにあなたと関係をたてと云ふのですけれども、それをはつきり云はないのです。
もうあなたのそばを離れて今日で三日目ですね。何だか長いやうな気がします。東京駅では何んだかひどく急がされたのと、不意に多勢の中にまぎれたのとで、何だか気持が悪くてどき/\して、本当にいやになつて仕舞ひました。鶴見あたりを走つてゐる時分にやうやく落ちつきますと同時に、本当に、あなたのそばからだん/\に遠ざかつてゆくのだと云ふ意識がはつきりして来て、すつかり心細くなつて仕舞ひました。沼津までは随分込んでゐましたので体をまげる事も窮屈でしたけれど、沼津でボーイが席を代へてくれましたので少し眠りました。でも、天龍川を渡る時分はいい月で、ほんとにいい景色でした。いろんな事を考へながら眺めてゐました。労働運動の哲学を持つてゐた事は本当に嬉しうございました。よく読みました。いろ/\な事がはつきり分りました。だん/\にすべての点が、あなたに一歩づつでも半歩づつでも近づいてゆく事を見るのは、私にとつてどんなに嬉しい事でせう。
大垣のあたりで明けた朝は本当におどり上りたいやうにいい朝でした。関ヶ原辺には、いい色をした緑の草の中に可愛らしい河原なでしこが沢山咲いてゐました。私の好きなねむの花も。
かうして離れてゐると堪らなくあなたが恋しい。私のすべてはあなたと云ふ対象を離れては、何物をも何事についても考へ得られない。それでゐて非常に静かにしてゐられます。あなたが今何をしてゐらつしやるかしら、と考へる私の頭の中にどのやうな影像が出来ても、私の心はおちついてゐます。本当に平らに和いでゐます。私はこの静かな心持があなたと一緒…