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宮崎の町
みやざきのまち
著者中村 地平
文字遣い新字新仮名
底本 「日本随筆紀行第二四巻 宮崎|鹿児島|沖縄 光溢れる南の海よ」 作品社
1988(昭和63)年6月10日
入力者日根敏晶
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-02-07 / 2020-01-24
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 宮崎は人口七万ばかりの小さな町で、附近に官幣大社宮崎神宮や、熱帯植物の青島があること以外、殆んど世間に知られていない。しかし、そのくせ一度脚を運んだ人は、必ず言いあわせたように、
「いい町ですね、静かで、のんびりしていて……」
 言い残してゆくのが普通である。
 先頃、僕たちがその土地を訪ねた時は、宮崎を根城にして日向一円を巡遊したのであるが、その町に帰ると、みんな母親の胸に帰ったような、安らかな思いに落ちつくのがいつものことであった。みんな故里に帰ったような気がすると言い、中でも上泉秀信さんなどはそういう町を故里にもっている僕が羨ましいと繰り返していた。
 いったいどこの土地でも勝れた景観に欠くことのできないのは水の要素であるが、宮崎の町が訪ねる人の心を、そのように安らかな境地に誘いこむのも、一つには大淀川の流れが町の中央を貫いているからである。
 大淀川は霧島山の山麓に源を発し黄濁した体で日向の平原をうねりくねり、末は太平洋に注いでいる三十余里もある長い大きな川である。
 僕の郷家はその河ぷちに在り、幼い頃僕はその河で泳いだり、ダクマ蝦を釣ったり、なつかしい記憶をもっているが、先頃の旅行では他の諸家とともに、対岸の神田橋旅館に泊った。
 旅館は古く田山花袋が旅日記にも推賞している家で、部屋のすぐま下に川面が迫ってきている。欄干から半身を乗りだして上の方を仰ぐと、霧島の霊峰が木の葉の色に薄らと聳えて居り、遥か下手の方、今は廃れた港赤江の浜からは太平洋の潮騒いの音が幽かに聞えてくる。二百余間もある河はばを越えて対岸を眺めると、樟や、杉などの南方植物につつまれた家々の屋根がまぶしい陽のなかにきらめいて、その奥遥か遠くに双石の連山がくっきりと連っている。眺めは宇宙の大きさに達しているし静けさは太古に通じるものがあるのである。川の流れに沿って旅館を更にくだると、一帯は謂うところの柳暗明花の巷になるのであるが、ある朝早く中川一政さんは新聞の挿絵をスケッチするために、遊廓の門前まで行ってみた。
 すると、朝靄がようやく霽れた通りには、朝帰りの客を運ぶ自動車が静かに砂利石を敷いて走って居り、その傍らの路傍にはカニが遊んでいたそうである。中川さんが宿に帰ってきた時、僕たちはまだ寝床の中にいたが、その話を聞くと、なにか新鮮な思いに溢れ、カニの匂いが寝床の上にまで運ばれてくるような気もちがした。明るい太陽が太平洋の空にのぼる頃おい、僕たちは漸く床を離れるならわしであったが、もうその頃には下手の木橋の上を、祖国振興隊の婦人たちが、長い幾つかの列をつくってあとからあとから渡ってゆく。
 祖国振興隊というのは今日向一円に幾つも結成されている勤労奉仕の団体で、橋をわたる婦人たちは先頭に、古風な、日本的な隊旗を掲げ、各々は白いエプロンのりりしい姿に、めいめい肩にホウキをかついでいる。…

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