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右門捕物帖
うもんとりものちょう
作品ID571
副題29 開運女人地蔵
29 かいうんにょにんじぞう
著者佐々木 味津三
文字遣い新字新仮名
底本 「右門捕物帖(三)」 春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日
入力者tatsuki
校正者福地博文
公開 / 更新2000-06-05 / 2014-09-17
長さの目安約 46 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

 その第二十九番てがらです……。
 事の起きたのは四月初め。――もう春も深い。
 小唄にも、浮かれ浮かれて大川を、下る猪牙船影淡く、水にうつろうえり足は、紅の色香もなんじゃやら、エエまあ憎らしいあだ姿、という穏やかでないのがあるとおり、江戸も四月の声をきくとまず水からふぜいが咲いて、深川あたり大川の里、女もそろそろ色づくが、四月はまた仏にも縁が深い。――花御堂の灌仏会、お釈迦さまも裸になって、善男善女が浮かれだして、赤い信女がこっそり寺の庫裡へ消えて、数珠と杯を両手の生き仏から怪しい引導を渡されるのもこの月にしばしば聞くうわさの一つです。
 朝、あけてまだ日も上がらないうちでした。その仏に縁の多い寺社奉行所から、不意に不思議なお差し紙が、名人の寝床へ訪れました。
「当奉行所にては手に余る珍事出来いたし候あいだ、ぜひにお力添え願いたく、右折り入って申し入り候。
深川興照寺にて、一昨夜石仏六基盗難に会い候ところ、今朝にいたり永代橋上に右六基とも捨てある由、同寺より届けいでこれあり候えども、いささか不審にたえざる節々これあり候えば、火急にご詮議くだされたく、南町奉行所のほうへは当所よりしかるべくごあいさついたしおくべく候あいだ、その儀ご懸念これなく、即刻ご出馬願い入り侯」
 そういうお差し紙でした。
「茶にしたことをいってきたね」
 伸び上がりながら、拾い読みをして、さっそく音をあげたのは伝六です。
「品が違うんだ、品がね。どうせおすけだちをお願い申すんだったら、もっとしゃれた話を持ち込みゃいいのに、たわいもねえことをぎょうさんに騒ぎたてて珍事出来が聞いてあきれるじゃござんせんか。なくなったしろものが出てきたんだったら、橋の上にあろうと、うなぎ屋の二階にあろうと、めでたしめでたしでけっこう話ア済んでいるんだからね。まさかにお出かけなさるんじゃありますまいね」
「…………」
「え! ちょっと!――やりきれねえな、行くんですかい」
「…………」
「ね! ちょっと! 品が違うんですよ、品がね。寺社奉行所にだって人足アいくらでもあるんだからね。越後から米つきに頼まれたんじゃあるめえし、こんなちゃちな詮議にのこのことお出ましになりゃ、貫禄がなくなりますよ、貫禄がね。――え! だんな! ね、ちょっと!――かなわねえな。やけに急いでおしたくをしていらっしゃいますが、まさかにお出かけになるんじゃありますまいね」
 しかし、名人右門の考え方は、おのずからまた別でした。なるほど、伝六のいうとおり、お差し紙の文面に現われたあな(事件)そのものはまことにたわいのなさそうなことではあるが、係り違いの寺社奉行所から特に出馬を懇請してきたところに味があるのです。
「はええところ、しりっぱしょりでもやりなよ」
「へ……?」
「行くんだよ」
「あきれたね。お江戸名代はいろいろあれど…

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