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中村孤月様へ
なかむらこげつさまへ
作品ID57114
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「第三帝国 第四二号」1915(大正4)年6月5日
入力者酒井裕二
校正者笹平健一
公開 / 更新2024-05-06 / 2024-05-01
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は、あなたにはもう一切手紙を書くまいと思つてゐました。けれども廿五日の第三帝国を読みまして、我慢してゐられなくなりました。私は昨夜それを読みました。私はその事についてぢつと考へつゞけて居ります。それで他の事は何にも書けません。それでこの手紙を書く事にしました。もしこれが第三帝国の原稿として不都合ならば致し方はありませんから一と通りお読み下すつたらお返し下さい。この次にはすこし実のあるものを書くことをお約束いたしませう。
 あなたの幾度も/\の御催促に何故私が御返事をさしあげませんでしたかあなたは御存じないでせう、お気がつかないのでせう、それは前のあなたの手紙と後のがあまり違つてゐましたので私はすつかり腹を立てたのです。第一のお手紙には返事をかきました。第二のお手紙にいま御返事をしながらそのちがつてゐる処を申上げます。
 あなたは一番に、私よりえらいと思ふ人があるなら名を挙げろと仰云つてゐます。私は私たちの云つたり行つたりすることがえらいとかえらくないとか云へることではないと思つてゐます。あたりまへな人間として考へたり行つたりすることしかないのですもの、私は平凡な人間です。さう賞められるやうな何物も持つてはゐません。私の感想は皆平凡な人間の感想です。普通な感想です、誰でも一度はさう云ふ感想が浮ぶにちがひはありません。私の考へは普通の人間にわかる普通の人間の考へてゐること以外の何でもありません。私がもしもさうした考へたことを書いたりしやべつたりすることをしなかつたら私は矢張り誰にも平凡な一人の人間としてしか見られないでせう。たゞ幸か不幸か私は自分の思つてゐることをどうにかかうにか現はせることが出来るといふことによつて他人から何とか彼とか云はれてゐるのです。けれども真実私よりも立派な考へをもつてゐる婦人がどこの隅にゐるかそれはわかりません。だから名前を挙げろなどゝ仰云るのはあなたの無理だと云はなければなりません、勿論あなたは確信のないことに向つて云々する方ではないでせう。それは認めます。あなたは第二の手紙には、私の持つてゐるものに対して懐かしく思ふから賞めると云つてゐます、併し第一の手紙には「私の今の感情はあなたに懐かしく思はれたいと云ふ事です。それですから私の書くものはあなた一人をしか考へて居りません」と云ひ又「私のあなたにあてゝ書くことは多くの人々から見れば余りにしつこく、余りに濃厚にあまりに自分を哀れにし憐憫の情に訴へすぎるものであることを思ふにちがひありません」と自分でもあなたの法外な卑下を認めてお出になるではありませんか、私は此処丈けでも第一と第二の手紙にあるちがつたものを発見します。
 それから、私と話してゐる時に傍にゐる人が男であつてはいけないと無条件に仰云つたことについて私がお尋ねしたのに対してのお答へは、私が前から充分あなたに伺つてゐた事と同…

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