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嫁泥棒譚
よめどろぼうたん
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「女の世界 第三巻第一二号」1917(大正6)年12月号
入力者酒井裕二
校正者Butami
公開 / 更新2020-01-21 / 2019-12-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

盗まれた祖母の実話

『ね、お祖母さん、うちぢや、Aにも親類があるのでせう?』
 私は、祖母から彼方此方の親戚との関係を聞かされた時、ふと思ひ出してかう尋ねました。
『ないよ、何故ね?』
 祖母は妙な顔をしてさう答へました。
『だつて私のちひさい時分に、よくAの叔母さんつて人が俥に乗つて来た事を覚えてゐますもの』
『あゝさうかい、あれはお前の本当の伯母さんさ、よく覚えてるね。もう死んでしまつてゐないよ』
『ぢや矢張り、お父さんの妹?』
『お父さんより上だよ、だけど、あれは此処のうちの子ではないよ。お祖母さんが前にお嫁に行つて産んだ子さ』
『ぢや、お祖母さんは、うちに来る前に、何処かに行つたの』
『あゝ、Aに盗まれて行つたのだよ』
『へえ、お祖母さんが?』
 私は思はずさう云つてお祖母さんの大きな眼鏡をかけた、皺だらけな顔をながめました、もう少しでふき出しさうになりながら。でも考へて見れば、そんな事は別に、をかしがらずにはゐられない事でも何でもありませんでした、何故なら、私達は子供の時分からよく、何処其処のお母さんは盗まれて来たのだとか、何処の娘が盗まれたとか、何処の娘を盗み出してゆくのだとか云ふ話は聞き馴れてゐるのですから。しかし、私の祖母が盗まれた――などゝ云ふ事は私にはどう考へても、あまりに突飛な事のやうにしか思へませんでした。けれど、祖母はその盗まれた当時のことをポツポツ思ひ出すやうにして私に話して聞かせました。

寺詣りの帰途に盗まる

 祖母が、十六とか七とかの頃の事ださうです。或る晩、お寺に説教を聞きに出かけました。夜、家をあける事の出来ない祖母の母は、一緒にゆく隣りのかみさんに祖母の事をよく/\頼んで出してやりました。やがて説教がすんで大勢がゾロゾロ寺の門を出て来た時には、町はもう森としてゐて、寺から三四町も離れると、一緒に寺を出た人もちり/″\になつてしまひました。すると、いきなり暗闇から四五人の男が出て来て、連れのかみさんを突き飛ばしておいて、驚いて逃げやうとする祖母の手取り足取り、ひつかついで駆け出してゆきました。祖母はびつくりして声を出さうとしても、幾人もにかつがれてドン/\駆けられるので身体の自由がきかないのと、息苦しいので、どうしても声が出せずにもがいてゐるうちに町外れの橋の傍まで来ますと、駕が用意してあつて否応なしにその中におしこまれてしまひました。やつと駕の中に腰をおちつけるや否や、また一散に走り出しました。
 駕の中で祖母は、自分が何処かの者に盗まれてゆくのだと云ふ事だけは承知してゐました。けれども、行く先きも、何もかも分らないのですから、たゞ気味わるく恐しくて、どうかして逃げなければならないとばかり考へてゐました。何処へ連れてゆかれるかは分りませんけれど、西に向つて走つてゐる事だけはたしかに解つてゐましたけれど、どうして逃げ…

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