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らいてう氏に
らいちょうしに
作品ID57151
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」 學藝書林
2000(平成12)年5月31日
初出「青鞜 第五巻第一一号」1915(大正4)年12月号
入力者酒井裕二
校正者笹平健一
公開 / 更新2024-02-10 / 2024-02-06
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 らいてうさま、
 お体の工合はどんなですか、私は一週間目から産褥をはなれて居ります、この辺は御大典奉祝の「ドンタク」で大変です、東京もさぞ大変でせう。
 漸く帰京が出来るやうになりました。けれども子供の事では随分迷ひました。けれども結局矢張り同じ他手をかりるにしても自分の近くでないとどうしても安神が出来さうにもありませんので連れてかへることにしました。「里子にやるとにくむやうになるから、それではどちらの為にもいけないから」と沢山の例をひいて誰も彼も不賛成をとなへますし、良人も此度は本当に父親らしい愛をもつて子供に対してゐて、矢張り不賛成なのです。私も随分気づよくなつて、たとへ三四ヶ月でも、留守中の停滞してゐる仕事を片づける間丈けでもおいて来やうと思つたのですけれども一日一日とだん/\にさう云ふ決心もいろいろ考へて見ますと不安になつて来ますので捨てました。そして連れてかへることにしました。その代りになるべく時間をとられないやうにしつけやうと思つてゐます。幸ひに、今度の子はおどろくほど手がかゝりませんので、これならと云ふ気もします。一日中下にねてゐますので、おむつの世話とお乳を与りさへすればそれでいゝのです。
 今まであがきがとれないやうに苦しむでゐましたけれども全くあれは体のせいだつたと思ひます。長い間働けなかつた反動でこれからはどんなにでも働けるやうに体も気持もかるくなりました。かへりましたら新年号の編輯に全力をつくさうと思つて居ります。長い間留守にした東京の珍らしいこともたのしみの一つです。
 まだお礼も云つてゐませんが岩野さんの「愛の争闘」が丁度私のお産した朝、四日につきました。皆がはら/\するのをその日から三日かゝつてよみました。そしていろ/\な事を考へさゝれました。全体としてはあの方の和らかな感情が可なりよくにじみ出てゐるのを一番うれしく感じました。始めから終りまでの苦悶も本当に涙を誘はれるやうな箇処がいくつもありました。他人の生活と云ふものは全く他からは幾分も本当には解らないものだとしみ/″\思ひました。私はあゝした苦悶をつゞけながら六年間も一緒にゐらした清子様の辛抱づよさをおどろかずにはゐられません。私は他の種類の苦悶なら自分の気の持ち方一つでどんなにでも或程度までは堪え得ると信じてゐます。けれども夫婦の間の愛についての苦悶は一番たまらないと思ひます。私はあゝした一貫したあの方の苦しみがたゞそれより他の何でもないのにひどくおどろきました。さうしてお二人の辛抱づよいのに感心しました。私も可なり清子様にはお近しく願つた方ですが、時たま何か不快なことがおありになる位は思つてゐましたけれどもさうした種類の苦しみがそんなにも永く続いてゐるとは思ひもよりませんでした。矢張り私たちが一寸した口のきゝやうや物のしかたでひよつと感情を害しあつて一日口をきかなかつ…

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