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理科教育の根底
りかきょういくのこんてい
作品ID57164
著者丘 浅次郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「近代日本思想大系 9 丘浅次郎集」 筑摩書房
1974(昭和49)年9月20日
初出「東亜の光 13巻11号」1918(大正7)年11月
入力者矢野重藤
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-12-31 / 2020-11-27
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 近頃は理科奨励の声が頗る高い。立派な理化学研究所が新設せられ、理科や医科の研究者には補助金が与へられ、地方の中学校、師範学校に於ける物理化学の設備を完全にするために何十万円かの金が支出せられた。また理科教育研究会と云ふ新らしい会が出来て「理科教育」と題する特殊の雑誌までが発行せられるに至つた。明治維新以来五十年の間、殆ど顧みられなかつた理科教育が今日急に斯く流行し出したのは何故であるかと云ふに、之は無論ヨーロッパ大戦争の影響で薬品、染料、ブリキ、硝子板、その他、種々の日用品の輸入が止まつて、日常の生活に甚だしい不自由を感ずるに至つたからである。理科の進歩が、民族将来の発展に極めて必要であることは、今日始まつた訳ではないが今までは、国民全体が、此事を痛切に感ずる様な機会に一度も出遇はなかつた為に、何時も目前の問題にのみ気を取られて居る政治家や実業家などは、理科の研究を以て、隙人の道楽仕事の如くに見做し、少しも之に注意を払はなかつた。然るに今回図らずも、其の欠陥が著しく現はれたので、遽に騒ぎ出し、足元から鳥が立つた如くに、急に理科研究の奨励を唱へ出したのである。
 我国現今の理化学全盛の状態は、以上の如くにして生じたもの故、無論一種の変態現象であつて、一歩々々順序を蹈んで進み来つた訳ではない。其の為でもあらうが、今日小学校や中学校で理科の授業を見るに如何にも急場の間に合せの如く、たゞ理科の範囲内の事実を成るべく多く教へて、生徒に覚えさせることにのみ力を用ひ、肝心の理科進歩の根底なる研究心の養成は頗る閑却せられて居る。折角の奨励も根底を忘れて枝葉のみに力を尽す様では、其の効果は甚だ覚束ないもので、随つて今日の理科熱も、暫時の後には、従来教育界に流行した他の熱と同様に冷却し去るのでは無からうかと思はれる。真に理科の進歩を図るならば、先づ其の根底を造ることに努めねばならぬ。



 最近五十年間に於ける我国文明の進歩は実に驚くべきもので、実際これだけの短い時の間に、之だけの大なる進歩をなした例は他には無い。汽車、汽船、電信、電話、飛行機、潜航艇を始めとして、他の文明国に有るだけの物は我国にも有ると云ふのは誠に立派なことで、我国が今日の位地までに進み得たのは、全く絶えず文明に進むことに力を尽した結果である。併しながら今日までに文明の進み来つたのは、悉く他国の文明を移し入れたゞけで、独力で工夫した部分は殆ど一つもない。他人の苦しんで発明したことを其まゝ真似しただけである故、速に進歩し得たのは当然である。之を物に譬へて云へば、西洋諸国の文明の進み来つたのは、根のある樹木に自然に花が咲いた如く、我国文明の急に進んだのは、他の樹木に咲いた花を取つて来て此方の枯枝に結び附けた如くである。外観上には両方とも同様に見え、写真にでも取つたら、何の相違も無いかも知れぬが、其の将…

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