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赤い部屋
あかいへや
作品ID57181
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年7月20日
初出「新青年」博文館、1925(大正14)年4月
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-08-28 / 2016-06-10
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々其為にしつらえた「赤い部屋」の、緋色の天鵞絨で張った深い肘掛椅子に凭れ込んで、今晩の話手が何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待構えていた。
 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆われた一つの大きな円卓子の上に、古風な彫刻のある燭台にさされた、三挺の太い蝋燭がユラユラと幽かに揺れながら燃えていた。
 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅な重々しい垂絹が豊かな襞を作って懸けられていた。ロマンチックな蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師を投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。
 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物の心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以て、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。
 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛けた人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。
 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦その様に取扱って呉れていますけれど、真実正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎に角、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。
 初めの間は、でも、人並みに色々の道楽に耽った時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰めては呉れないで、却って、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫になって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻らした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了うのです。
 そんな風で、一時私は…

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