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百面相役者
ひゃくめんそうやくしゃ
作品ID57194
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年7月20日
初出「写真報知」報知新聞社、1925(大正14)年7月15日、25日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-11-10 / 2016-09-09
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 僕の書生時代の話しだから、随分古いことだ。年代などもハッキリしないが、何でも、日露戦争のすぐあとだったと思う。
 その頃、僕は中学校を出て、さて、上の学校へ入りたいのだけれど、当時まだ僕の地方には高等学校もなし、そうかといって、東京へ出て勉強させてもらう程、家が豊でもなかったので、気の長い話しだ、僕は小学教員をかせいで、そのかせぎためた金で、上京して苦学をしようと思い立ったものだ。ナニ、その頃は、そんなのが珍らしくはなかったよ。何しろ給料にくらべて物価の方がずっと安い時代だからね。
 話しというのは、僕がその小学教員を稼いでいた間に起ったことだ。(起ったという程大げさな事件でもないがね)ある日、それは、よく覚えているが、こうおさえつけられる様な、いやにドロンとした、春先のある日曜日だった。僕は、中学時代の先輩で、町の(町といっても××市のことだがね)新聞社の編集部に勤めているRという男を訪ねた。当時、日曜になると、この男を訪ねるのが僕の一つの楽しみだったのだ。というのは、彼はなかなか物識りでね、それも非常に偏った、風変りなことを、実によく調べているのだ。万事がそうだけれど、たとえば文学などでいうと、こう怪奇的な、変に秘密がかった、そうだね、日本でいえば平田篤胤だとか、上田秋成だとか、外国でいえば、スエデンボルグだとかウイリアム・ブレークだとか例の、君のよくいうポオなども、先生大すきだった。市井の出来事でも、一つは新聞記者という職業上からでもあろうが、人の知らない様な、変てこなことを馬鹿に詳しく調べていて、驚かされることがしばしばあった。
 彼の為人を説明するのがこの話しの目的ではないから、別に深入りはしないが、例えば上田秋成の「雨月物語」の内で、どんなものを彼が好んだかということを一言すれば、彼の人物がよくわかる。随って、彼の感化を受けていた僕の心持もわかるだろう。
 彼は「雨月物語」は全篇どれもこれもすきだった、あの夢の様な散文詩と、それから紙背にうごめく、一種の変てこな味が、堪らなくいいというのだ。その中でも「蛇性の淫」と「青頭巾」なんか、よく声を出して、僕に読み聞かせたものだ。
 下野の国のある里の法師が、十二三歳の童児をちょう愛していた処、その童児が病の為に死んで了ったので「あまりに歎かせ給うままに、火に焼きて土に葬ることもせで、顔に顔をもたせ、手に手をとりくみて日を経給うが、終に心みだれ、生きてある日に違わず戯れつつも、その肉の腐りただるをおしみて、肉を吸い骨をなめ、はたくらいつくしぬ」という所などは、今でも僕の記憶に残っている。流行の言葉でいえば変態性慾だね。Rはこんな所が馬鹿にすきなのだ、今から考えると、先生自身が、その変態性慾の持主だったかも知れない。
 少し話が傍路にそれたが、僕がRを訪問したのは、今いった日曜日の、丁度ひる頃だった…

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