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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID57201
副題245 春宵
245 しゅんしょう
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控 猿回し」 毎日新聞社
1999(平成11)年6月10日
初出「サンデー毎日」1951(昭和26)年1月7日号~1月21日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2017-07-11 / 2017-07-17
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

【第一回】




 その晩、出雲屋の小梅の寮は、ハチ切れそうな騒ぎでした。
 出雲屋の主人、岩太郎が、野幇間の奇月の仲人で、新たにお滝という召使を雇い入れ、その御披露やらお祝やらを兼ねて、通人出雲屋岩太郎が、日頃昵近にして居る友達や、お取巻の面々を、小梅の寮に招き、一刻千金と言われる春の宵を、呑んで騒いで、頃合を見計って船と駕籠で送り返そうという寸法だったのです。
 多寡が召使を一人雇入れるのにと思う人があるかも知れませんが、これは毎年三月になると交代する、一季半季の召使ではなく、家付の女房が死んでからは、金と時間とが有り余る出雲屋が、江戸何大通の番付尻を汚す手前、取換引替え蓄えた妾の一人で、既に神田鎌倉町の本宅には、お峰という美しい妾があるにも拘らず、向島の寮にはもう一人の妾、お滝という十七になったばかりの、お人形のように可愛らしい妾を入れることになったので、今夜はその披露の宴を開こうという、世にも人にも憚らぬ、不思議な催しだったのです。
 客は仲人役の奇月、恐ろしく下手な雑俳と、妾の世話と、剃り丸めた自分の頭を叩いて、変な音頭を唄う外には取柄の無い五十男。それに岩太郎の碁敵で、篠崎小平という四十年配の浪人者。出雲屋の孫店で、日頃恩顧を蒙っている田屋甚左衛門。それに本店に居る先輩の妾お峰と、手代の才六という三十男。これだけの人数が、月にも雪にも花にも宜しという、三宜楼の二階、折から三月十六日の朧ろ月を眺めて、まことに散々の狂態でした。
 召使お滝――新たに雇入れられた妾のお滝は取ってようやく十七歳、拵え立ての[#挿絵]粉の姉様人形に、生命を吹込んだような清らかな娘でした。家は鎌倉町の本店裏の路地に挟まれた駄菓子屋。母親一人の細い商で、資本に困って居るところを、野幇間の奇月が見付け、結構な株に投資する積りで少しばかりの金を貸しつけ、利に利を積らせて、とうとう娘を抵当流れに奪い取り、売物に花を飾らせて、出雲屋の岩太郎に、第三号の妾として人身御供に上げたのでした。
 母親の丹精と、奇月の指図で、美々しく着飾った花嫁衣裳、角隠しはさすがに遠慮しましたが、四十五歳の花婿岩太郎と、金屏風の前に押し並んだ姿は、美しくもまた哀深い姿だったのも無理はありません。
 散々泣き尽して、母親を手古摺らせて来たお滝は、最早涙も涸れた様子ですが、声の無い歔欷が、玉虫色に紅を含んだ、可愛らしい唇に痙攣を残して、それがまだ好色漢岩太郎の眼には、一段の魅力でもあったのです。
 哀しみまでも塗り隠す、濃い白粉、銀燭が長い睫毛の影を落して、幸い濡れた黒瞳さえ誰にもわからなかったでしょう。
 臆面もなく、三重結婚の高砂やが奇月宗匠によって謳われると、あとはもう、放歌と乱舞と、浴びるような鯨飲でした。十七娘の神聖さを、荒淫無恥な悪獣に献ずるの宴は、こうして果てしもなく続くのです。
 この酒神の…

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