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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID57204
副題238 恋患い
238 こいわずらい
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「銭形平次捕物控 鬼の面」 毎日新聞社
1999(平成11)年3月10日
初出「サンデー毎日」毎日新聞社、1950(昭和25)年8月13日号~27日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者結城宏
公開 / 更新2017-06-29 / 2017-05-31
長さの目安約 52 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

【第一回】




「親分は、恋の病というのをやったことがありますか」
 ガラ八の八五郎は、大した極りを悪がりもせずに、人様にこんなことを訊く人間だったのです。
 素晴らしい秋日和、夏の行事は一とわたり済んで、行楽好きの江戸っ子達は、後の月と、秋祭と、そして早手廻しに紅葉見物のことを考えている時分のことでした。
 相変らず縁側に腹ん這いになって、不精煙草の煙の行方を眺めていた平次は、胆をつぶして起直りました。いかに親分子分の間柄でも、こんな途方も無い問を浴せられたことはありません。
「あるとも、風邪を引くと、ツイ咽喉を悪くするが――」
 何という平次のさり気なさ――
「その声じゃありませんよ、恋患いの恋で、小唄の文句にもあるじゃありませんか」
「馬鹿野郎ッ」
「ヘッ」
「恥を掻かせまいと思って、いい加減にあしらって置くのに、何んて言い草だ、俺は恋患いをする柄か柄でないか、考えて見ろ」
「へエ、そうですかね――あっしのような呑気な人間でさえ、思い詰めると、鼻風邪を引いた位の心持になるんだが」
「呆れた野郎だ。お前のような人間でも、恋患い見てえなことをやるかえ」
「たんとはやりませんね。精々月に一度か二度」
「間が抜けて挨拶も出来やしない。月に三度も恋患いが出来るかよ、馬鹿々々しい――見ろ、お静はとうとうたまらなくなって、腹を抱えてお勝手口へ飛出したじゃないか」
 この掛け合いの馬鹿々々しさは、まさに女房のお静を井戸端まで退散させてしまったのです。
「ところが、その恋の病で、死にかけている人間が、あっしの知っているだけでも、五人はあるんだから大したものでしょう」
 八五郎はおめず臆せず話を続けるのです。
「成るほど、世の中は広いな」
「ね、驚くでしょう」
「あとの四人は何処の誰だえ」
「四人じゃ無い五人ですよ」
「そのうちの一人は八五郎だろう」
「冗談じゃありませんよ、あっしなんかの相手になるものですか、高嶺の花で――」
「大層六つかしいことを知って居るんだな」
「これも小唄の文句で」
 平次と八五郎の掛け合いは、危うく脱線しそうになりながらも、巧みに筋を通して行くのです。
「ところで、その死にかけて居るのは誰と誰だ、人の命に拘わると聞いちゃ放っても置けまい」
「第一番は和泉屋の倅嘉三郎、――練塀小路の油屋で、名題の青瓢箪」
「第二番は?」
「無宿者、薊の三之助、これはちょいと良い男ですよ、何んだって、あんな野郎がまた、尋常な眼鼻立を持って居るんでしょう」
「無駄が多いな、第三番は?」
「五丁目の尺八の師匠竹童、四番目は御家人伊保木金十郎様の倅で、まだ部屋住みの金太郎――名前は強そうだが、女に惚れて病気になる位だから、人間は大なまくら」
「五人目は?」
「金沢町の地主、江島屋鹿右衛門の養子与茂吉」
「六人目がお前か、五人じゃ数が悪いな」
「六阿弥陀と間違えちゃ…

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