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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID57207
副題200 死骸の花嫁
200 しがいのはなよめ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「七人の花嫁 ――銭形平次傑作選①」 潮出版社
1992(平成4)年12月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1949(昭和24)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-04-19 / 2020-03-28
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「あッ、大変、嫁御が死んでいる」
 駕籠の戸を押しあけた仲人の伊賀屋源六は、まさに完全に尻餅をつきました。
「何?」
「そんな馬鹿なことが」
 伊賀屋源六が大地を這い廻る後ろから、六つ七つの提灯は一ペンに集まって、駕籠の中を蔽うところなく照らし出したのです。
 中には当夜の花嫁、浪人秋山佐仲の娘お喜美が、晴着の胸を紅に染めて、角隠しをした首をがっくりと、前にのめっているのも痛々しい姿でした。
 その癖襟から頬へかけて流れる美しい線が、青白い影を作って、宇田川小町と謳われた非凡の艶色は、死もまた奪う由なく、八方から浴びせた提灯の光の中に、凄惨な美しいものさえ醸し出しているのです。
「何? 娘が?」
 花嫁の父親秋山佐仲は、後ろの方から、転げるように飛んで来ました。さすがに武家の出だけに、一人娘の嫁入りの儀式に連なる礼装の麻裃、両刀を高々と手挟んだのを、後ろに廻して、膝の汚れも構わず、乗物の中に手を突っ込み、娘の首を起してハッと息を呑みました。
 花嫁化粧念入りに仕上げた顔は、鉛の如く変って、カッと見開いた眼は底知れぬ恐怖に翳って、恐らくこの生命を喪った瞳のうちにこそ、最後に映った凶悪無残な、下手人の面影がこびり付いていることでしょう。
 傷は左乳の上、薄物の紋付は紙よりも脆く、たった一と突き心の臓をえぐって、声も立てずに死んだ様子。女持の華奢な短刀が、ふくよかな花嫁の胸に突っ立って、朱羅宇のように燃えているのも凄惨です。
「娘。これ、どうしたことじゃ」
 父親の佐仲は、血潮に汚れるのも構わず、娘の身体を駕籠から抱きおろしかけましたが、フト其処が――娘が今宵嫁入るはずの、弥左衛門町の田原屋の店先だった事に気がつくと、
「恐れ入るが、田原屋殿。このまま立ち還るにしても、一応の手当をいたしたい。どこかの隅なりと、お場所を拝借いたしたい」
 斯う人垣の後ろに見える、田原屋の主人久兵衛に声を掛けるのでした。
「御尤も。恐れ入りますが、此方からお入りを願います」
 田原屋久兵衛は先に立って、路地の奥から裏口へと案内したのです。さすがに店先から、商人の家へ死骸を入れる気にはならなかったのでしょう。
 死骸は二人の駕籠屋に持たせて、後ろからお喜美の父親秋山佐仲と、仲人の伊賀屋源六夫婦、それに当夜の聟――田原屋の伜田之助などがつづきました。
 死の花嫁は、斯うして新聟の家へ、冷たい骸となって担ぎ込まれたのです。店先には行列に付いて来た、盛装の人たち。帰りもならず薄暗がりに三々五々、吹き寄せられたように集まって、辻褄の合ぬ囁きを、気ぜわしく取り交し、家の中には、今宵の晴れの儀式に招かれた親類縁者が数十人、これは黙りこくって、右往左往に動いております。
 時は六月二十三日、場所は本郷一丁目の大地主、田原屋久兵衛の家。宇田川小町と言われた浪人秋山佐仲の娘お喜美は、こうして花嫁衣…

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