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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 57214 |
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副題 | 213 一と目千両 213 ひとめせんりょう |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「橋の上の女 ――銭形平次傑作選②」 潮出版社 1992(平成4)年12月15日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年1月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 結城宏 |
公開 / 更新 | 2020-05-07 / 2020-04-28 |
長さの目安 | 約 27 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「親分、東両国にたいそうな小屋が建ちましたね。あッしは人に誘われて二三度覗きましたが、いや、その綺麗さというものは」
八五郎は相変らず江戸中のニュースを掻き集めて、親分の銭形平次のところへ持って来るのでした。
「御殿造りの小屋でも建ったのかえ」
「そんな間抜けなものじゃありませんよ。小屋は昔からチャチなものですが、中味が大変なんで、たまらねえほど綺麗な娘太夫が二人」
「馬鹿だなア、まだ松も取れないうちから、両国の見世物小屋へ日参して居るのか」
「日参という程じゃありませんよ、五日の間にたった三度」
八五郎はでっかい指などを折って勘定して居るのです。
「呆れた野郎だ。どうせ十手を見せびらかして、唯で入るんだろう」
「飛んでもない、さいしょは正直に十六文の木戸を払いましたよ。それで『一と目千両』と言われる、お夢の顔を拝んで、達者なお鈴の芸を見るんだから、九百九十九両三分三朱くらいは儲かるようなもので――」
「お前という人間は、よくよく長生きするように出来て居るよ」
「二度目にはあっしという者が、銭形親分の片腕の八五郎とわかって――」
「お前は俺の片腕かい、大したことだな。お前が居なきゃ、俺は手棒になるわけだ」
「まア、そう言うことにして置いて下さいよ。ともかく二日目から木戸銭を取らないばかりでなく、妙にチヤホヤして、明日からはどうぞ毎日来て下さいと、一と目千両のお夢などは、泣かぬばかりに頼むじゃありませんか」
「嫌なことだな。何んだって又、そんなに持てたんだ――急に顎なんか撫で廻したって、その上男っ振りが好くはなるまいな」
「好い男のせいもありますが、実に近頃チョイチョイ無気味なことがあるんですって」
「無気味なこと?」
「取立てて話すほどのことでもないが、ことによったら私は命を狙われて居るかも知れない――と一と目千両のお夢が言うんですからね」
「何んだえ、その一と目千両というのは。眇目が千両箱の夢でも見たと言うのか」
「驚いたなア、銭形の親分があれを知らないんですか。近頃江戸中の評判ですが」
「さては、何時の間にやら、俺は江戸っ児の人別を抜かれたかな」
「大した好い女ですよ。たった一と目見ても、千両の値打があるというんだから驚くでしょう」
「その女と半日一緒に居ると、大概の身上は潰れるわけだ」
「身上くらいは潰し度くなりますよ。瓜実顔で眼が大きくて、鼻筋が通って、口許が可愛らしくて、そりゃもう――」
八五郎は語彙を総仕舞にして、肩を縮めたり、舌を出したりするのです。
「そんな化物はどこに居るんだ」
「小左衛門の小屋ですよ。小左衛門お仲夫婦の曲芸師で外に道化の金太という人気者が居るんですが、去年までは一番の働き手はお鈴という娘で、それは唄も歌い、踊りも踊り、その上綱渡り足芸が達者で、滅法可愛らしい娘ですが、去年の暮から囃し方の六助の世話で一座に、『一…