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白髪鬼
はくはつき
作品ID57244
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第7巻 黄金仮面」 光文社文庫、光文社
2003(平成15)年9月20日
初出「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月
入力者門田裕志
校正者nami
公開 / 更新2021-10-06 / 2021-09-27
長さの目安約 228 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


(作者申す)この物語はマリイ・コレルリ女史の傑作『ヴェンデッタ』を、私流に改作したものです。『ヴェンデッタ』には已に黒岩涙香の名訳『白髪鬼』があるので、私は同書版権所有者の承諾を得て、態と同じ題名を用いることにしました。併し、内容は、原作とも涙香の訳とも、大分違ったものになる積りです。
「冨士」昭和六年四月号


[#改ページ]

異様な前置き

 今わしの前には、この刑務所の親切な教誨師が、わしの長物語が始まるのを、にこやかな笑顔で待受けておられる。わしの横手には、教誨師が依頼してくれた、達者な速記者が、鉛筆を削って、わしの口の動き出すのを待構えている。
 わしはこれから、親切な教誨師の勧めによって、毎日少しずつ、数日に亙って、わしの不思議な身の上話を始めようとするのだ。教誨師は、わしの口述を速記させ、いつか一冊の本にして出版する積りだと云っておられる。わしもそれが望みだ。わしの身の上は、世間の人が夢にも考えたことがない程、奇怪千万なものであるからだ。イヤ、奇怪千万なばかりではない。これを世の人に読んで貰ったなら、幾分でも勧善懲悪のいましめにもなることであるからだ。
 春の様になごやかであったわしの半生は、突然、歴史上に前例もない様な、恐ろしい出来事によって、パッタリと断ち切られてしまった。それからのわしは、地獄の底から這い出して来た、一匹の白髪の鬼であった。払えども去らぬ、蛇の様な執念の虜であった。そして、わしは人を殺した。アア、わしは世にも恐ろしい殺人者なのだ。
 わしは当然、お上の手に捕えられ、獄に投ぜられた。裁判の結果は、死刑にもなるべき所を、刑一等を減ぜられ、終身懲役と極まった。死刑は免れた。併し、絞首台の代りに、わしの良心が、わしの肉体を、長い年月の間に、ジリジリと殺して行った。わしの余命は、もう長いことはない。身の上話をするなら、今の内だ。
 さて、身の上話を始めるに当って、二つ三つ、断って置かねばならぬことがある。少々退屈かも知れぬが、これは皆、わしの物語に非常に重大な関係を持っていることだから、我慢をして聞いて貰い度い。
 第一に云って置き度いのは、わしの生れだ。わしはこれでも、大名の家に生れた男だ。大大名ではないけれど、名前を云えば知っている人も多かろう。わしの先祖は九州の西岸のS市を中心として、あの辺一帯で、十何万石を領していた、小さい大名なのだ。名前かね。それをこんな場合に公表するのは、死ぬ程恥かしいし、先祖に対しても実に申訳がない。併し、わしは云ってしまおう。わしは大牟田敏清というものだ。とっくに礼遇を停止されているけれど、お上から子爵の爵位まで頂いておった身分だ。それが、アア、皆さん大きな声で笑って下さい。わしは子爵の人殺しなのだ。
 わしの先祖が、人種学上、純正の大和民族なのか、それとも、もっと劣等…

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