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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題277 和蘭の銀貨
277 オランダのぎんか
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「鬼の面 ――銭形平次傑作選③」 潮出版社
1992(平成4)年12月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1952(昭和27)年6月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2020-05-17 / 2020-04-28
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、良い陽気ですね」
 フラリとやって来た八五郎は、襟の汗を拭いて、お先煙草を五六服、お茶をガブ呑みの、継穂もないお世辞を言うのでした。
「二三日見えなかったが、どこへ行って居たんだ」
 銭形の平次も、この十日ばかりはまるっきり暇、植木の世話をしたり、物の本を読み返したり蟻の行列を眺めたり、雲のたたずまいを考えたり、まことに退屈な日を送って居たのです。
「こんなとき家の中に引籠っているのは、余っぽど銭のねえ奴か、女房に惚れている野郎ばかりで」
 こんな事をヌケヌケ言う八五郎を、平次はニヤリニヤリと受けました。
「当てられたようだが、――それに引換えてお前は余っぽど景気が良いと見えるな」
「何しろ、お天気がよくて、身体が達者で、お小遣がふんだんにあるんだから、半日だって叔母さんの二階に燻ぶっちゃ居られませんよ。外へ出たとたんに、江戸中の新造が、皆んなあっしに惚れて居るような気がするでしょう」
「江戸中の新造は大きいな、――ところで何処へ行ったんだ」
「神楽坂ですよ」
「妙なところへ行ったものだね、そこに良い新造でも居るのか」
「良い新造もいますが、色っぽい年増も、浪人も、金持も居ましたよ」
「何んの話だか、さっぱりわからねえよ、どこかの赤い鳥居へ小便でもしやしないか」
「狐にだまされたと思って、神楽坂へ行って見て下さいよ、牡丹屋敷のツイ裏、長崎屋七郎兵衛と言や大した身上だ。そのうえ内儀がきりょうよしで、娘が滅法可愛らしいと来ている、覗いて見たって、損はありませんよ」
「また何んか頼まれて来たのか、宝捜しや夫婦喧嘩の仲裁は御免だよ」
 平次は大きく手を振りました、八五郎がまた何んか平次引っ張り出しを頼まれて来た様子です。
「そんな気のきかねえ話じゃありませんよ、長崎で一と身上拵えた長崎屋七郎兵衛の一家が、あんまりボロい儲けをしたので、長崎を引揚げて、江戸へ来てから三年にもなるというのに、元の商売敵からひどい嫌がらせをされて居るんです。このまま放って置いたら、命に拘わるかも知れねえ、銭形の親分を頼みたいところだが、あっしに瀬踏してくれという話で、泊りがてら、神楽坂界隈を念入りに調べて来ましたよ」
「何んだ、そんな話か、――そこで何をしろというんだ」
「ともかくも、長崎屋がいつ夜討を掛けられるかわからねえというわけで」
「まるで富士の裾野だ、相手はどんな人間だ」
「曽我の五郎十郎と言いてえが、実は長崎の抜け荷仲間で、腕の立つのは一人も居ないが、悪智恵の廻るのや、人の悪いのでは引けは取らねえ、現に、長崎屋の井戸の中へ汚れものを打ち込んだり、主人の七郎兵衛が夜道を歩いて居ると、薪雑棒でどやし付けたり、火をつけられた数だけでも、三度。三度とも首尾よく消し留めたが、この先何をやられるかわからない」
「念入りな悪戯だな」
「此方には、岡浪之進という卜伝流の達人が、用…

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