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科学と国境
かがくとこっきょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第七巻」 岩波書店
2001(平成13)年4月5日
初出「文藝春秋 第三十二巻十八号」文藝春秋新社、1954(昭和29)年12月1日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-01-27 / 2018-12-24
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

はしがき

 科学と国境という問題は、以前から論議されてきた課題であるが、原子力の解放にまで到達した今日の新しい時代になってみると、急激にその切実さを増してきた感がある。
 第二次世界大戦の前頃、一時この問題が、大分騒がれたことがある。あの時代は、一口にいえば、国家主義的な風潮が、世界的に瀰漫した時代であった。従ってこの問題は、とかくそれぞれの国における軍の機密の問題と、関連がつけられ勝ちであった。しかしそれは表面に現われた形であって、その根元には、科学の世界性と超国家主義的風潮との争いがあったといった方がよいであろう。
 当時流行した言葉の中に、「科学に国境なし、されど科学者に祖国あり」というのがあった。確かパスツールの言だったように記憶しているが、それは誰でもよい。この言葉は、当時の国家主義者たちにも、耳ざわりがよかったし、又ジャーナリズムの上でも、大いにもてはやされたものである。
 この言葉は、文字どおりに素直に解釈した意味では、誰にも同感されるであろう。しかし祖国などというと、どうしても、一旦緩急あればというような連想が浮ぶので、暫く敬遠しておいた方がよさそうである。
 この言葉でも感ぜられるように、科学と国境の問題は、従来は戦争を背景として、考えられる傾向があった。それももちろん重大な案件であるが、それだけならば、まだ話が簡単であるともいえる。戦争をしなければ済む話であるし、又何といっても、戦争の期間は、非戦争状態の期間よりも短いからである。
 一番厄介なことは、世界が今日のような形の科学文明の時代になって来ると、この問題が、平時においても、非常に深刻な意味をもって来る点である。地震や台風のような天災も怖いが、じりじりと亡び行く国土の問題の方が、或る意味では、もっと恐ろしい。そういう意味で、本文では、平時における「科学と国境」の話を含めて、採り上げることにしよう。
 初めに断っておくべきことは、科学という言葉の意味である。ここでは、もちろん自然科学を指しているが、それは学問的な定義で使っているわけではない。敗戦後の西独逸が、今日非常に健全な復興振りを示したのは、科学による国家の再建を国是としたからである、とよくいわれる。こういう場合に使われる科学という言葉は、実はその意味が、甚だ曖昧なのである。しかし今日我が国で、科学による増産とか、科学的な対策とか、という風に使われているのは、この曖昧な意味での科学である。
 科学の本来の姿は、自然の本性を見窮め、その間に秘められている法則を見つける学問、といっていいであろう。従って、科学は直接国民の幸福とか、国力の恢復とかに寄与するものではない。そういうことを目的としていないのであるから、当然な話である。しかし人間が生物として、この自然界に住んでいる以上、自然界の理法をよく知れば、いろいろ便宜が得られる。従って…

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