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温泉2
おんせん2
作品ID57282
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第六巻」 岩波書店
2001(平成13)年3月5日
初出「オール読物 第七巻第三号」文藝春秋新社、1952(昭和27)年3月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2016-12-02 / 2016-09-09
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう二十年以上も昔の話であるが、弟といっしょに、しばらくパリで暮したことがある。私は文部省の留学生であり、弟は考古学をやっていて、トロカデロの博物館から僅かばかりの手当をもらっているだけで、二人ともはなはだ貧乏であった。
 それでなるだけ生活費のかからぬように暮す必要があった。自費洋行の画学生たちのように、自炊生活をするのがいちばん安いわけであって、それだと当時の金で、一ト月五十円ぐらいで暮せた。しかしそれでは勉強の邪魔になるので、けっきょくモンスーリ公園のはずれにあった、日仏学生会館に入ることにした。
 ああいう会館は、生活には非常に便利で、かつ安あがりでもあって、その点は申し分がなかった。しかしなんとなく生活が殺風景になり、それに外国にしばらくいると、みな気分が荒んでくるので、とかく索莫たる感じが漂いがちであった。それで同宿の連中は、よくパリの繁華街のほうへ遊びに出かけたようであった。
 しかしわれわれ二人は、金がないというのが主な理由で、だいたい神妙に、毎晩学生食堂でめしを食って、夜は本を読んでくらしていた。昨年学士院賞をもらった数学者のO君も私たちの仲間で、いつでも三人金魚の糞のようにつながって、別棟の食堂へ通ったものであった。
 この会館のいちばんの取柄は、風呂がいつでも使えることであった。現在はもちろん当時でも、アメリカでは、浴槽に熱い湯が常時出るのが普通であった。しかしヨーロッパのほうでは、一般の家庭では、いつでも風呂が使えるというわけにはいかなかった。私も弟も温泉地生れで、湯は大いに好きだったので、風呂の点では、この会館が大いに気に入っていた。
 夕方そとから帰ってくると、まず一ト風呂浴びる。夜は十二時頃までそれぞれ仕事をしていて、くたびれると誘い合わせて、長い廊下をわたって浴室へ行く。浴槽はそれぞれコンパートの中にあって、それが便所のように並んでいる。湯からあがると、誰かの部屋で涼みながら、とりとめもない話を一時間くらいやって、各々自分の部屋へ帰って寝る。まことに優等生ぞろいであった。
 ところで初めのうちは、これで一応満足していたのであるが、少し馴れてくると、日本の風呂のほうが、だんだんなつかしくなってきた。当然のことであって、考えてみれば、西洋の風呂というものは、あれは衛生設備であって、娯楽的要素はぜんぜんないものである。押入れみたいなところへはいって、お棺みたいなものに湯を入れ、その中でじっと横になっているだけである。狭いコンパートいっぱいに湯気がもうもうとしている中で、大急ぎで身体を洗ってとび出すのが普通である。もっとも私たちは、かなり悠々とねそべっていたわけであるが、それでも実は風呂の感じはあまり出なかったのである。
 いつか湯あがり後の雑談に、日本の銭湯と西洋風呂との優劣論がでた。伝染病のことを思えば、西洋式のほうが衛生的であ…

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