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国際雪氷委員会のことなど
こくさいせっぴょういいんかいのことなど
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第六巻」 岩波書店
2001(平成13)年3月5日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-02-24 / 2017-01-20
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 国際雪氷委員会(International Commission of Snow and Ice)は、ごく最近まで国際雪及び氷河委員会(International Commission on Snow and Glaciers)という名前で、国際水文学協会(International Association of Hydrology)の一部となっていた。
 雪及び氷河委員会の名の起りは、氷河委員会(Commission of Glaciers)から始まったのである。この委員会は、初めは同好の人々が集って、氷河の進出及び後退の連続観測を、熱心に継続していたものである。それが水文学協会において、水文学に近縁の学界として承認されたのが第一歩である。
 一方アメリカ地球物理学連盟(American Geophysical Union)は、初め連盟内に、雪の部会をもっていたのであるが、国際的協力を便ならしめるために、雪委員会(Commission of Snow)に、その仕事をゆだねることにした。また気象学協会(Association on Meteorology)の賛同を得て、水文学協会もまた、この雪委員会を支援することになった。ただしその時に、この雪委員会の主な仕事を、積雪水量調査及び水量予報におくことにとりきめた。最初に委員長に選ばれたのは、アメリカのネバダ大学のJ・E・チャーチ博士であった。同博士は、その後十五年にわたり、昨一九四八年八月のオスロ会議まで、引きつづきその任にあたり、氷河委員会との合併後は、雪及び氷河委員会総裁として、熱心な努力をつづけた。
 雪委員会の第一回の総会は、一九三三年にリスボン市で開かれ、チャーチ博士を委員長とし、他に瑞西のマーカントン教授及びイタリアのエレディア教授が顧問として、これを援けた。
 第二回の総会は、一九三六年に英国のエヂンバラで開催された。この委員会は、その時に到って、初めて世界的の支援をうけるまでに発展し、雪関係の研究者ばかりでなく、氷河関係の学者からも論文がたくさん提出された。この時の報告は、八百頁に余る大部の印刷物として公刊された。その内容は、降雪、積雪、水量予報、流出量、湖水及び河の氷、雪上輸送、雪氷の物理学、雪崩、氷河、北極及び南極の雪氷、近時探検隊の報告、測定器の各項に分類され、雪及び氷に関するあらゆる部門にわたったものである。
 この大会が予期以上の成果を納めたのは、チャーチ博士の努力もさることながら、その蔭に“Historja Naturalna Lodu”の著者、ワルソーのドブロウォルスキー博士のきわめて熱心な協力があったからである。この年代、すなわち今次の大戦のきっかけとなった英独開戦の三年前という時期は、独逸の勃興が欧洲に不安な底流を生じ、その反動として、国際的の協力をすべての国民が希望していた…

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