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八戒に遭った話
はっかいにあったはなし
作品ID57289
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第六巻」 岩波書店
2001(平成13)年3月5日
初出「藝術新潮 第二巻第十三号」1951(昭和26)年12月1日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-09-28 / 2017-08-25
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう十年昔の話になるが、学士院賞を貰った時に、その金で『東瀛珠光』と『西域画聚成』とを買ったことがある。
 学士院賞というものは、私たちが中学へはいって間もない頃創められたもので、賞金は千円であった。当時千円という金額が決められたのについて、もちろん嘘ではあろうが、京童はこういうかげ口をきいたものだそうである。即ち、学者は一生研究していても、到底自分の家を持つことは出来ない、せめてとくに優れた研究をした学者には、家くらいは建てさせようというので、千円と賞金額がきまったというのである。
 ところがその千円がいつまでも動かないので、私たちの時代になると、賞金では、友人を一晩呼んで御馳走することも出来なくなっていた。現に私から一年か二年前にこの賞金を貰った化学の先生が、親戚及び知友をまねいて、一夕内祝の宴をはったら、大いに足を出したという話であった。それで私は、そういうことは一切やらずに、丁度紀元二千六百年の記念出版として、審美書院から売り出されていた『東瀛珠光』と『西域画聚成』とを買うことにした。両方併せて丁度千円で、まことに工合のよい話であった。
 ちょっと思い切ったことをしたようでもあるが、今から思うと、それは甚だ賢明であった。道楽の本は、そういう機会がないと、なかなか買えないものである。それにこの両者は、まことにいい取合せであって、揃えてもっていないと、面白味は半減する、と私は思っている。
『東瀛珠光』の方は、前にも一度出たことがあり、かなり方々にあるようであるが、『西域画聚成』は、紀元二千六百年記念として初めて出版され、三百部限定であるから、数は甚だ限られている。それに今度の戦災で大部分失われているだろうから、今では私の御自慢の蔵書の一つになっている。もっとも定価二百円の本であるから、御愛嬌といえば、正にそのとおりである。
 説明するまでもないが、この画集は、中央亜細亜タクラマカンの沙漠の中から発掘された古代画を集めたもので、主としてスタイン、ル・コック、ペリオなどの蒐集品の中から抜萃されたものである。半数近くは、木版あるいは原色版であって、その色が非常によく出ている点が有難いのである。いうに千年以上の年月を沙漠の中に埋れていて、今日初めて陽の目を見たこれらの絵は、まるで昨日描かれたように、鮮明な色彩である。そしてその色彩が、実にあざやかに再現されているので、唯ぼんやり眺めているだけで、十分楽しいのである。
 西域画の美人と正倉院の樹下美人図との類似は、既にいい古されていることであるが、スタインがカラコウジャ附近の墳墓中から発見した、唐朝俗図断片中の美人の額にある飾りマークを、『東瀛珠光』の中で探して行くと、樹下美人図の中にそれがちゃんとある。奈良の戒壇院の四天王は、妙な鎧を着ていて、袖口が猛獣の頭の形になっている。獅噛とかいうものの由であるが、敦煌千…

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