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亡び行く国土
ほろびゆくこくど
作品ID57290
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第六巻」 岩波書店
2001(平成13)年3月5日
初出「日本の発掘」法政大学出版局、1952(昭和27)年7月20日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-12-18 / 2020-11-27
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 洪水か電力危機か

 昭和二十六年の秋は、電力の危機が全国的に叫ばれ、その中でも関西地方の電力危機は、文字通りの危機であったらしい。大阪附近の工場がとくにひどくて、電力不足のために工場が休む、その生産低下による損害のために、中小企業家は倒産に瀕したと騒がれていた。
 その理由は昨年の夏から秋にかけて台風がこなかったために、水が不足になり、そのために生じた電力危機であるといわれている。日本も戦争の末頃から、まことに哀れな国になったものである。台風が来れば大洪水が全国的に起きて、洪水だけでも日本は滅びるというような大騒ぎになる。たまたま昭和二十六年のように、台風がこない年には、今度は電力の危機がやって来る。こうなると台風が来ていいのか、来て悪いのか、全く戸惑いする状態になってしまった。
 しかし日本の電力危機は、何も今日に始まった話ではない。もう二、三年前から、少しでも日本の電力事情について知識を持っている人たちは皆、十分に承知していたことである。そういう人たちは、たびたび警告を発してきていたはずであるが、その人たちの言葉は最近まで全く一笑に付せられてきた。それはその前年も、前々年も、即ち昭和二十五年も四年も、電力事情が敗戦後の国としては予想外によかったからである。
 戦争中に電源の開発が遅れ、また古い発電所の整備も行なわれなかったために、発電能力は著しく減っていたはずである。それにも拘らず、二十四年もまた二十五年も、どうにかそうひどい電力飢饉にめぐり会わずに切り抜けられてきた。それで人々は、一応日本の電力の危機を忘れた形であった。しかしこれらの年に、とにかく電力事情が、それほど悪化しなかったのは、この二、三年来、特別な異常降雨があったからである。即ち夏から秋にかけてたびたび台風が訪れて、その台風が、みな山岳地帯に大雨を降らせるような性質の雨を持ってきたために、水力電気は、かなりの程度まで、その窮状を暴露しなくても済んできたのである。
 もちろんそのために、全国到る所で、大洪水が起ったのである。少し意地悪い表現をすれば、これらの年は、全国到る所に大氾濫を起したお蔭で、電気の問題は、どうにか息をついてきたともいえるのである。現在のわが国の河川の状態は、雨が降れば家を押し流し、雨が降らねば、電力危機がきて小工業が潰れる、そのいずれかをとらなければならないというような状態になっている。日本の河川の状態が、戦争中及び終戦後の十年にわたる投げやりの状態の後にいかにひどい姿になったかは、改めていうまでもないことである。

二 カスリン台風の前後

 もうたいていの人は忘れてしまったことであろうが、終戦後二年目の夏、即ち昭和二十二年の夏は、日本全国にわたる大洪水が到る所に起きて、物情まさに騒然たるものがあった。
 七月下旬には、東北及び北海道の各地にわたって非常に広範な水…

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