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天地創造の話
てんちそうぞうのはなし
作品ID57309
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第五巻」 岩波書店
2001(平成13)年2月5日
初出「婦人公論 四月再生号」中央公論社、1946(昭和21)年4月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2016-09-25 / 2016-06-10
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 天地創造の話というと、たいへん大袈裟なことになるが、一昨年即ち昭和十九年の夏から、北海道の片隅で、そういう異変が現実に起きているのである。
 今まで鉄道が通り畑が耕されていたただの平地であった所が、毎日二十センチくらいの速さで隆起して来て、人家や道路が、何時の間にか丘の上に持ち上げられてしまった。そのうちに噴火が起きて、そこに突如として、四〇五メートルもの高さの火山が現出したのである。その火山は今もなお盛んに鳴動しながら、噴煙を吐いている。
 そういう大異変、恐らく世界的に言っても非常に珍しい天地の変動が、現に我が国の一地点で、実際に起きつつあったのである。しかし人々は目前の戦況に心を奪われ、一日何合の米に気をとられていて、そういうことには注意を払う暇がなかったようである。
 もっともそれには官憲側の取締りもあったので、この異変はその勃発当初以来終戦の時までは、報道が禁止されていたのである。禁止の理由は分らないが、人心の不安を考慮したものであろう。もっとも地盤の隆起によって、灌漑水路が断ち切られ、何百町歩とかの水田が駄目になってしまったというような実害もあったのであるが、それよりも何となく不吉な前兆のように思われたからであろう。
 この異変の起きた場所は、有珠山の東に当る壮瞥村であって、倶知安から洞爺湖の方へ抜ける支線鉄道の壮瞥駅から半里くらいの所である。昭和十八年の年末頃から、この地方だけに頻々として地震が起り、それが一日百回くらいにも達した。また有珠山が噴火するのかもしれないというので、年末押し迫って、何十台とかのトラックを総動員して、洞爺湖温泉の人たちを、急遽避難させたという噂が伝わって来た。
 十八年の暮といえば、アッツの玉砕に引きつづいて、南太平洋の諸島で次々と玉砕が報ぜられ、戦局の大勢を示す陰鬱な暗雲が、知らず知らずのうちに人々の頭上に感ぜられていた頃である。そういう時に、この群発地震に引きつづいて、明けて十九年の一月早々から、鉄道線路附近に盛んに地割れが始まり、そろそろと土地が隆起して来たのである。余り芽出度い話ではない。

 土地の隆起は、二月も引きつづき進行し、三月に入ってからは、ますます著しくなって来た。灌漑水路は遮断され、鉄道は隆起地帯を逃げる為に、路線を度々変更して、近くを流れている長流川の岸まで押しつけられた恰好になってしまった。その頃はもう二十メートル近くも隆起があって、福富博士の報告にある面白い例では、附近の某氏宅から以前は南方に遠く噴火湾を望み得たのに、眼の前に丘が盛り上って来て、その眺望がきかなくなってしまったという。その反対に、以前は坂下にあって見えなかった人家がせり上って来て、眼前に現われたのである。正に異変である。遥か地の底に眠っていた、真赤に熔けた岩漿が、そろそろ目を覚して、起き出して来たのである。更に面白いことに…

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