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二つの序文
ふたつのじょぶん
作品ID57311
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第五巻」 岩波書店
2001(平成13)年2月5日
初出「村の科学 六月号」1946(昭和21)年6月10日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2018-07-04 / 2018-06-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この二つの序文は、私が前から心がけていた『雪華研究の記録』につけるために書いたものである。初め戦争中にこの本を出そうと思って書いた序文と、敗戦後に書いた序文とを、二つ並べてこの随筆集の中に入れた。
『雪華研究の記録』は、稿を起してから、既に四年半になるが、未だに出来上らない。敗戦前一年半の悪夢のような生活と、敗戦後三年間の自分の心の焦燥とを思い返してみると、それも当然のことのような気がする。しかしもう気持も落着いたので、そのうちにこの『記録』も世に出ることと思う。しかしそれにはこの序文は二つとも必要がなさそうである。今度書くとしたら、態度が今少しちがうであろうと思われるからである。
 しかしこの二つの序文には、それぞれその時々の気持が出ているように思われるので、棄てるのも惜しく、本書に入れた次第である。

その一、戦争中の序文  昭和十九年一月記

 北千島にもいよいよ空襲があるようになった。
 その報を耳にしながら、私たちは今、札幌の低温科学研究所と、ニセコの山頂とで、雪に基づく障害防除の或る研究にわれわれの力の及ぶ範囲内で、出来るだけの努力をはらっている。
 北辺防備の基礎は、雪、氷、低温などに基づく諸障害の克服にあるという私たちの昔からの持論は今でも変らない。しかし時局は、もう今までのように、静かに自然の内奥をうかがうような研究を許さない。そしてわれわれは、喜んで過去十年にわたる雪華の研究を離れて、もっと直接に時局に寄与する仕事に、皆が懸命になっている。
 自然の内懐にはいって、その本性を究めるとわれわれはいつも言う。そのことは時には誤解を伴なうようである。しかし自然科学の研究に従事している者とても、何も自然の本性を究めることだけに意義を見出しているわけではない。そういう一見実用を離れたような研究が、本統は自然の秘密に近づく一番の捷径であり、その秘密を探って初めて自然を克服し得るのであるから、けっきょくそれは実用の見地から見ても早道である場合が多い。少くとも私たちはそういう信念の下に研究に従事している。
 今日いろいろな北辺防備に伴なう実際問題を解こうとしているわれわれの努力は、そういう意味で、過去十二年にわたる私たちの雪の研究にその基礎を置いている。私はこの書で、その過去十二年にわたる私たちの教室の雪の研究の歴史をふり返ってみようとしている。それはあながち無駄なことではないと思う。
 自分の研究の歴史を自分で書くのは、少し思い上ったことである。しかしそれを敢てするのは、少し思う節があるからである。
 この書を読んで下さる方々は、すぐ思い付かれることと思うが、雪の結晶の研究などに、これだけの時間と労力とを払わなくても、もっと手早く切り上げて、もっと直接な問題の研究、たとえば飛行機の着氷防止とか、雪中飛行とかの問題に手をつけた方が良かったと思われるであ…

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