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防寒戸
ぼうかんど
作品ID57312
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第五巻」 岩波書店
2001(平成13)年2月5日
初出「北方風物 一巻二号」1946(昭和21)年2月10日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2016-11-21 / 2016-09-09
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昭和十四年の夏、といえば、太平洋戦争勃発の二年前のことであるが、私は北海道の冬ごもりに適した家というつもりで、今の家をこしらえた。こしらえたといっても、何も自分で設計をしたというほどではなく、ただ平面図だけ描いて、O君に頼んだのである。
 O君は当時は、私立の一小請負業者に過ぎなくて、坪三十円か四十円の借家普請まで引き受けたという程度の建築家であった。しかしそういうしがない業務にたずさわっている間にも、独逸の建築雑誌をつづけて取っているという変り者であった。そういう話を同僚の人からきいたので、一つO君にすっかり任せて家を作って貰うことにした。
 四月の初め、平面図だけを渡して、あとは勝手に願いますということにして、私は当時療養中だった伊豆の伊東の温泉へひきこもってしまった。そしてその後のことは、いつ建前があったかも知らないで、放って置いたのであるが、家の方はそれでも無事出来上って、八月末に札幌へ来た時には、もういつでもはいれるようになっていた。
 この家のことは、前に『生活の実験』という題で、書いたことがある。それでくわしいことは略するが、簡単に言えば、保温の原理を物理的に忠実に守ったというだけに過ぎない。屋内の温度は、ストーブその他の熱源からの発熱量と、外へ逃げる熱との差できまるという極めて平凡な原理である。従来の北海道の家屋の構造から考えて、熱の逸散の一番大きいものは、硝子窓からの熱の輻射と伝導であろうという見込みで、硝子戸の内側に雨戸を入れることにしたのが、主な特徴と言えるであろう。
 これくらいの改造でも、なかなか人はしないらしいので、私の家の防寒戸というのが、案外人気を呼んで、いろいろな人が「見学」に来ることになった。細君は台所や納戸の汚くしているところが見られるので、大分難色があったが、参観のお客があると、そういうふだんは掃除の行きとどかないところが綺麗になるので、たいへんいいことだといって、私は大いに歓迎することにした。
 O君も作ってみると、この輻射を防ぐ防寒戸というのが、案外効果があることが分ったので、その後の住宅建築には、この法式を採用することにしたそうである。そのうちに、北海道住宅会社というのが札幌に出来て、O君はそこの技師長として招聘されることになった。
 O君は、住宅会社で、この防寒戸を制式化して、北海道から青森県の某地にかけて、合計千八百軒ばかり、この流儀の家を建てた。この調子ではどんな勢いで、普及して行くかと、内心楽しみにしていたのであるが、太平洋戦争に突入してしまったので、それ切りになってしまった。
 北海道には、もちろん官庁方面にも、耐寒建築の委員会が、以前から出来ている。そういうところでも、いろいろ議論されていて、規格のようなものが沢山出来ているようである。しかしそれがなかなか思うように、普及しないらしい。決められた規格…

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