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映画を作る話
えいがをつくるはなし
作品ID57324
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第三巻」 岩波書店
2000(平成12)年12月5日
初出「中央公論 第五十四年第六号」中央公論社、1939(昭和14)年6月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2019-10-19 / 2019-09-27
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 去年の暮のことである。T映画会社の専務とかいう方が見えたというので、会って見たら、その用向きというのが、『雪』を映画にして見たいがどうかという話だったので、少々驚いた。
 もっともよく話を聞いて見ると、ちょっと面白いので、人工雪の結晶が顕微鏡の覗野の中でだんだん生長して行くのを活動にとって、それを主眼にして、外に少し研究の雰囲気をとり入れた文化映画が作りたいという話なのである。
「実は社の文化映画部の者が貴方の『雪』を読んで、大変面白いから是非一つこれを作りたいと言うのでしてな。どうも外国の文化映画がますます良くなって、何とかして独逸なんかの物に負けないような奴を一つ作りたいのですが、なかなか巧いものがなくて困っているんです。下手に立派な器械の場面だと思って撮ると、独逸製のマークがはいっていたりするようなことがあると困りますからね。その点『雪』の方なら大丈夫ですからな」という話であった。
 どうもなかなか油のかけ方が上手である。こういう風に巧くおだてられるとすぐ降参してしまって、それでは一つ協力して何とかやって見ましょうということになった。
 もっともこれは本当のことを言うと、私の方にとっても、大変好都合な話なのである。それというのは、低温室内の人工雪の方の仕事も段々進捗して、この頃は巧く装置内で雪の結晶を固定して置いて、装置の外から顕微鏡写真がとれるようになって来たのである。今迄は大抵は雪の結晶が出来上るのを待って、それを取り出して、低温室の片隅に設置してある顕微鏡の下へ持って行って、写真を撮っていたのであるが、それでは生長の途中の色々な段階での形が分らない。それでどうしても生長途中の形を知る必要がある時には、途中でちょっと外へ取り出して、大急ぎで顕微鏡写真を撮って、又装置の中へ戻して、生長を続けさせるという風な姑息なことをしていた。
 ところが装置の外から写真が撮れるようになると、実験は大変楽になる。兎の毛の一点に雪の核がつくのを待って先ず写真をとる。それから十分置き位につぎつぎと写真を撮って行くと、雪の結晶の生長して行く有様が実に鮮明に分って来て大変面白かった。今迄は、雪の結晶は、先ず上空で中心部が出来て、それが落下して来る途中で、つぎつぎと外側に新しい結晶の枝がついて出来上ると簡単に考えていたのであるが、どうも自然の機構はもっと複雑なようである。よく注意して一つの結晶の生長の過程を見て行くと、出来上った形だけを見たのではなかなか分らないような途中の形を何度も通って、完成形になるということが分った。
 それでは雪の結晶の形からそれが出来た時の上層の気象の状態を判断しようという前から考えていた夢のような話も笑い話になりそうであるが、そこは科学の研究の有難さで、嘘でない観察と実験の結果だけはいつ迄も残るものである。というのは、結晶の生長途中に於ける外観上…

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