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凍上の話
とうじょうのはなし
作品ID57328
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第三巻」 岩波書店
2000(平成12)年12月5日
初出「科学 第十一巻第一号」岩波書店、1941(昭和16)年1月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2019-10-19 / 2019-09-27
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう十年余りも昔の話になるが、私が寺田先生の助手をつとめて理研で働いていた頃のことである。先生はよく日本独特のものや、特に日本に顕著な自然現象は、一日も早く日本人の手によって究明しておくべきだということを言っておられた。
 その代表的なものとしては、線香花火や金米糖、それから墨流しなどがいつも挙げられていた。現に墨流しなどは、先生が亡くなられる時まで数年来ずっとその研究が続けられていた程である。これ等は先生の随筆の中にも書かれているので、比較的有名であるが、それと同じ程度に先生は、冬毎に関東平野の赤土に立つあの美しい霜柱に興味を持たれ、その研究の重要性を力説しておられた。そして私の同期のM君が大学院で先生の指導を受けた時にも、霜柱の研究という題目が与えられた。
 M君の研究が始められた時、先生は、この現象には土の膠質的性質が重要な役割をしているらしいから、先ず膠質物理学の色々な技術に慣れるようにという御話があった。M君の研究は途中別の事情の為に完成を見ずに中絶したのであるが、この先生の考えは、大切な点では立派に灸所を押えたものであったことが、研究の進捗につれて分って来た。
 こういう話があってから二三年して、M君が目指していたのとちょうど同じ研究が、全く独立に自由学園の自然科学グループのお嬢さんたちによってなし遂げられたのであった。もっともその研究は現在までも続いているので、こういう研究にはなかなか完成ということはないのであるが、その第一期の研究結果を見られただけでも、寺田先生がひどく感心されたという話である。その研究によって霜柱の生成には、土の中に非常に細かい微粒子が混じていることが大切な要素であることが分り、寺田先生がM君に言われた予想がよく当っていたのである。
 私は直接霜柱の研究に手をつけたことは、この数年前までは無かったのであるが、こういう話をよく傍で聞いていたので、興味は十分持っていた。ところが、今迄の話では全く趣味の問題のように見えていた霜柱が、最近になって、急に寒地における土木工学上の重大な問題として学界の表面に登場して来たのである。そして私は今更のように、寺田先生が霜柱の研究の重要性を力説して居られたことの意義を思い見るのである。
 その重大問題というのは、凍上の現象なのである。北満のような厳寒地では勿論のこと、北海道くらいの寒さの所でも、冬になると土地が凍結によって著しく隆起するので、その現象を凍上と呼んでいる。この凍上現象は、寒地の鉄道建築土木工学などの広い範囲にわたって、影響するところが甚大なのである。北満地方では、家は煉瓦で出来ている関係もあって、凍上によって崩壊する家が相当あるらしい。第1図はその例であって、こういう風なことが始終起っては、凍上の現象は、建築の上だけから考えても、苟且に附しては置けない問題である。
[#挿絵]
第…

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